Twilight of midnight

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戦艦と悪魔と (五周年記念小説) 

ささげもの

用語解説

ネリー・ネブラスカ

このブログと双子のような存在の親友のそのちーが運営するブログ(園田文庫はここで。)看板娘の名前。
小悪魔で蒼とほとんど変わらない身長、体重。
まじ悪魔。
どれぐらいかって言うとホント、悪魔としかいえない。
画像はここ→かわいいなぁ。
超強い。
でもマスターには負けるらしい。
マスター強いな、めっちゃ。
マスターっていうのはそのちの小説に出てくるすごく強い人。
本当に強い。

空月・N・蒼

いうまでもなかろう。
ふふふ。
我がブログの看板娘にして
全長1624m 2500万トンの超兵器、《超空要塞戦艦ネメシエル》の『核』。
レリエルシステムで《ネメシエル》とはつながっていて
昼と夜でコンビになっているように一人でこの超巨大艦を動かす。

ネメシエルの武装については→こちら。

コグレ

《ネメシエル》の母港となっている場所。
ベルカの五本の指に入るほどの要塞島。

コグレ基地場所

赤は合併前のベルカ帝国。
緑は合併前のウルド帝国。
二つあわせて今のベルカ帝国となっている。








第零期一九四六年四月十六日午前四時三一分一四秒。
コグレ基地防衛領空内にて所属不明の小型戦闘艦が発見される。
ベルカ帝国超空制圧第十四艦隊所属の戦艦一隻がこれを追撃。
同日午前五時十二分二四秒、同艦に砲撃を開始。
損傷を与えるも突如小型戦闘艦は雲の中に消え、捜索不能となる。
落下した破片を研究するも正体不明の物質として研究は進展なし。
研究費の無駄ということでその後破片は破棄される。
関係資料もすべて焼却の上、記録を抹消。
ベルカ帝国軍部からこの事件は完全に消えた。



          ※



それから約四ヶ月たった第零期一九四六年八月十二日。
コグレ基地、総司令部、四階、基地司令室。

「へ……?
 謎の撃墜数が増えているんですか?」

空月・N・蒼は手に持った資料をめくりながら基地指令のマックスに尋ね返していた。

「にっがぁ~」

その手で出されたコーヒーを飲んでみるも口に合わず顔をしかめる。

「うむ。
 あまりイージスが固くない駆逐艦とか限定だけどな。
 このコグレ周辺で行方不明になる艦が多い。
 新型艦だった《ニズール級巡洋艦》も犠牲になったらしいからな。
 何とか生き残った艦から聞いた話によるとなんだか見たこともないようなわけわからん艦だったらしい。
 雨雲の中でうっすら見ただけらしいがな。
 舷側に扇風機みたいなのがびっしりくっついているとか」

マックスは右手をくるくると回した。
扇風機を多分表しているのだろう。

「それから俺達が考えたあだ名が《扇風機》だ」

「そのまんまじゃないですか」

蒼はまた一枚資料をめくった。
想像図と描かれた《扇風機》は予想外にずんぐりした胴体を持ち塔のようなものをあちこちにつけていた。
まるでファンタジーなゲームでしか見たことがないような形状だ。

「で、その《扇風機》なんだがどーにも変わっていてな。
 イージスは通用するもののわけちょっとワケの分からんビームが来るらしい。
 それで大体の艦はやられちまったんだとよ。
 相手もなんかわからんバリアを持っているようだ。
 駆逐艦クラスの光波共震砲(こうはきょうしんほう)じゃ歯がたたんらしい」

光波共震砲とはベルカ独自の兵器のことだ。
超ナクナニア光電子同士がこすれあうことで十~十五万度もの熱を放つ。
撃ち出した直前はそれほど熱くならず設定された射程距離外だと熱を失う性質から軍の間では
安全装置のついた兵器とも呼ばれている。
しかしシステム上短時間で連射すると砲身は真っ赤になりゆらりと陽炎をもおこすほど高熱になる。
それは敵にとって恐怖の対象の色らしい。

「へぇ……そんなことがあるんですか」

イージス――軌道湾曲装置は《ネメシエル》にも搭載されているいわばバリアの一種だ。
エネルギーを持ったものならばほとんど強制的にその進路を捻じ曲げ、艦には当たらない。
といっても過負荷率というものがあり、曲げれるエネルギーにも限りがある。
巡洋艦クラスにはこれプラスで消滅光波発生装置という高熱で物体を蒸発させる防御装置がついていたが
今までこのイージスすら破られた事例を蒼達は把握していなかった。
それだけに蒼の驚きは相当なものがあったのだ。

「まぁ今回呼び出したのはそれを言いたかっただけだ。
 気をつけてくれ。
 連合の新兵器という可能性もあるんだからな。
 出来るだけ兵力の消費は避けたい。
 ただ気になる点があってなぁ。
 連合の戦艦なども落とされているんだ、これが」

マックスはタバコを資料に向けて吐いた。

「じゃあ敵でも味方でもないってことですよね?」

マックスはこぼれた灰を灰皿に摘んで入れた。

「うむ。
 この大戦での第三勢力かもしれん。
 どさくさに紛れて独立しようとする……な」

「分かりました。
 じゃあ、私はこれで。
 あ、ちょっと散歩に行って来ていいですか?」

マックスは不思議そうな目でこちらを見た。
今俺、注意しろっていったばかりだよな……?と問いかけてくる目は
どこかしらウサギっぽくてその目を見たいがために蒼はついマックスをからかってしまうのだ。
散歩と聞いて一瞬光ったマックスの表情は、すぐにけだるそうなり右手を右往左往させた。

「このクソ暑い中か?
 まぁ別に構わないが……。
 趣味――だったか?
 まぁいってらっさい。
 ホント、よーやるよ蒼中将は。
 あ、それと最近このコグレの周りを雨雲が囲んでる。
 雨降ると濡れて風邪ひくから傘持っていきなよ!」

「はいはい了解です」

蒼は一歩下がって頭を下げると頑丈なつくりになっている基地司令室から出た。



          ※



軍服から動きやすい服に着替えた蒼はベルカ帝国の隅にある島――コグレ要塞島を一人で散歩していた。
それも重なり重なる戦闘の理不尽さを晴らすためである。
このまま歩けばいつもは二十分ほどでつく場所が蒼の目的地だ。
マックスに注意されたもの億劫だったため傘は持ってきていない。

「はぁ、はぁ……」

海水に侵され錆びが目立ち始めた手すりしっかり掴んであまりきつくないはずの坂を登る。
でも蒼の息は上がっていた。
この頃運動不足だったからでしょうか。
心にそっと呟く。
そ、そんなことないですよね?
頭を振って嫌な考えを払った。

「よいしょっ……」

小石に足を取られつつ、あまり高い木のないこの四角形の島を歩いた。
縦八キロ、横二四キロほどのこのコグレ要塞島は車があれば一時間もかからずにまわれてしまう。
ベルカ帝国の基地ベスト五を争うこのコグレ島はひとつの飛行場と巨大な軍港が作られていて
離れ小島にしては珍しくにぎわっていた。
人口は三万人弱ほどしか住んではいない。
それもほとんどは、この基地勤めの旦那の妻だったり子供だったりするのだった。
北には少し突き出た、海を眺めることが出来る岬がある。
穏やかな波が当たり、澄んだ海水がきらきらと砕ける綺麗な場所だ。
ここが蒼のお気に入りの場所だった。

「……?」

ようやくついた~♪
と蒼がご機嫌に近寄ろうとしたときだ。
ぞわっとした気配を感じて蒼は振り返った。
明らかな殺気だったが後ろには背の高い草が茂る草原が広がるだけだった。
腰につけた拳銃を手にじりじりと近寄る。

「嘘ですよね……?」

近くで見ないと分からないようなくぼみに一人の少女が倒れていた。

「だ、大丈夫……?」

蒼は一瞬、声をかけるのをためらった。
その少女は全身を見知らぬ軍服で包んでいたからだ。
緑の髪は自然と同化するほど美しい。
極端なまでに整った幼さを含む小悪魔な顔立ち。
それ以上に話しかけることをためわせる理由はその背中から生えた小さな漆黒の翼とひょろりと長いしっぽだった。
ずしっと重い拳銃を腰のホルスターにしまいこみ

「う……ん」

「きゃっ!?」

もぞりとうごく少女から少し離れ袖に付いた無線機で応援を呼ぼうとした蒼は
がっちりと足を捕まれらしくない悲鳴を上げてしまった。

「な――な!?」

「あ、あなたは……!
 この世界の人間――ですよね……!?」

ぐったりした少女はかすれた声を出し、うっすら開いた緑の瞳は蒼をしっかりと映していた。
こんな目をした人……見たことがないです。
一体、何者なんでしょうか……?
くらくらする頭を蒼は抑えつつ少し考えた。
北の方の民族でしょうか?
ヒクセス共和国らへんの……?
こんな人《ネメシエル》のデータバンクにもありませんでしたよ……。
蒼の意志を汲み取ったのか少女は鋭い犬歯の覗く口を動かして

「……ネリー。
 ネリー・ネブラスカ。
 ネリーの、名前です。
 いきなりでごめんですが――」

ネリーと名乗った少女は蒼の隣に落ちている小瓶を指差した。

「そ、それを……とっていただけませんか……!」

蒼はかがんで紫色の液体の入った小瓶をネリーに渡した。

「ありがとうございます……」

ネリーは弱々しくコルク蓋を開けると口の中にその液体を放り込んだ。

「――――っ!!
 くぅっ~~~っ!!
 効くぅ……っ!!!」

ネリーのふにゃんとなったしっぽがぴんと天を示していた。

「ふはぁ……助かりました」

ネリーは空になった小瓶をポケットにしまうと蒼に笑いかけた。
立ち上がって服についた土を払う。
そしてネリーは蒼に右手を差し出した。

「助けていただいてありがとうございますっ!
 改めて自己紹介させていただきますね!
 フラッシュボルト公国、第七五レンジャー連隊第二大隊ジャンプ・ウィング所属兼第四歩兵師団機械化第八歩
 兵連隊第二大隊所属兼ウエスト・ポイント教官、戦闘歩兵記章付きジャスト・コーズ参戦兵ネリー・ネブラスカ、階級は少尉であります!」

蒼はぽやんとした。
えーっと?
フラッシュボルト公国……?
えーっと……長すぎてほとんど聞き飛ばしちゃったんですよね……。
蒼の心の声などつゆしらずネリーは純粋な笑みで蒼に話しかけてきた。

「あなたは見たところ一般人とお見受けします。
 すいません、教えてくださいませんか!?
 ここはどこで何時何分なんでしょうか?」

蒼は手首についたいかつい腕時計を見た。

「えーっと……。
 ここはベルカ帝国コグレ島です。
 時間は第零期一九四六年八月一二日二四秒といったところひっ!?」

急にぐわしっと肩をつかまれ蒼はまた悲鳴を上げた。

「もう一度いってくださいませんかっ!?
 ここはどこで何時何分なんですか!?」

「え、えっと。
 ベルカ帝国のコグレ島です。
 時間は第零期一九四六年八月一二日三八秒です」

ネリーはそれを聞いて目を潤ませた。

「成功しましたかっ――!
 よかった!」

ネリーは強引に蒼の右手を掴むとぶんぶんと振り回した。

「へ……へ?」

まったく状況が飲み込めない蒼はなされるがまま体ごとネリーに揺さぶられている。

「こうしちゃいられません!
 すいませんがもう一つ教えてくれませんか!?
 ベルカ帝国の首脳に我がフラッシュボルト公国からの伝言を――」

ネリーは急に黙った。

「ど、どうしたんで「少し黙ってください!」

ぴしゃりと蒼の言葉を叩き切った。
な、なんなんですかこの人は……?
変な液体飲んで元気になるわ、しっぽあるわ……。
フラッシュボルト公国だなんて存在しない国家名を出すわ……。
医療班に説明して……。
蒼の思考回路もネリーに叩き切られたときと同じくいきなり遮られた。
雷を纏った雨雲が急速に増加しているのだ。

「やっぱりそうですかっ!!!
 アルバスめ!!!」

ネリーはそっちを見て毒づいた。
湿った風が蒼とネリーの髪を撫で遊ぶ。

「ほら、見てください!」

沸き起こる雨雲の影に巨大な飛行物体が一瞬蒼の目に映った。

「あれって……?」

ネリーは「こうしちゃいられない」とポーチから無線機のようなものを取り出した。
蒼が今まで見たことがないような形をしている。
小さなアンテナが一本ついていることから受信機の一種だろうと蒼は推測した。

「よいしょっと……。
 はい、ネリー中尉ですっ!
 現地に予定通りの時間に到着しましたっ!
 技術部の連中に感謝を伝えておいてくださいっ♪
 ――それと現地人と思われる少女に姿を見られましたが……。
 別に構いませんよね?
 ――はい。
 《アルバスの戦艦》は続々と集まってきています。
 おそらく数は十五を超えるかと。
 はい。
 分かりました、それでは」

ネリーは耳に当てた右手を離した。

「えーっと!
 ごめんなさいっ、コグレ基地はどこにあるか分かりますか!?
 良かったら教えて欲しいのですが……!」

思ったより活発な少女に蒼は面食らいながらも

「あ、はい分かりました。 
 えーっとですね。
 基地はこの山を下ったらすぐの所にあります。
 警備なんかはすっごく厳しいですから気をつけてください」

蒼は一本の枝を拾って、地面にがりがりとコグレ島の形を書き
その上から基地への道をなぞって教えてあげた。

「わかりましたっ!
 本当にありがとうございますっ。
 ではっ!」

ネリーはびしっと伸ばした翼ごと蒼におじぎをすると
ポーチを持って空へと羽ばたいた。

「なっ――!?」

すごい風圧で飛ばされた砂が蒼の視界を奪う。
あれアクセサリーとかじゃなかったんですか……。
蒼は翼と尻尾があるというよりはあれで飛べることの方が驚きだった。
あの技術があればベルカの戦艦ももう少し小型化するかもしれない。

「…………」

変な人に出会った不思議さ。
それは夢かと思ったが道に落ちている小瓶が現実のものだと教えていた。
それを拾って海に投げ捨てる。
波の狭間に小さな水柱を立てて小瓶は沈んでいった。

「…………」

ごろごろと不吉な音を立てる雨雲が蒼の耳を刺激した。
ただ不愉快だと言えた。
せっかくのお気に入りの場所でごろごろとうるさいです……。
蒼は少しでっぱった石の上に腰掛けた。
大きなトンボが上を飛び、近くに生えている草にとまる。

「…………♪」

蒼は指をくるくるとトンボに向かって回してみた。
これで捕まえられたことはないがほとんど条件反射となっているこの行為は
今回もトンボに通じることなく風が吹きトンボはその風に乗って飛んでいってしまった。

「――はい?」

裾が小さく震えた。
通信が入ってきたのだ。

『蒼中将か?
 マックスだ、緊急事態が発生した。
 至急基地に戻ってきて欲しい』

緊急……?
蒼は茶色の髪を風に遊ばせながら青空の中一箇所だけ黒く塗りつぶされた雨雲を見た。
発光していることから雷雲だと言うことも分かる。
不吉な気持ちを抱きつつ蒼は基地へと道を戻った。



          ※



「蒼、入ります」

「おう」

蒼が部屋に入ったときマックスは机の上においてあるPCを爪を噛みつつ眺めているところだった。

「何をしているんですか……?」

半ばあきれながらどこが緊急だと心でののしった蒼に

「あなたが蒼中将――だったんですか!?」

後ろから話しかける人物がいた。

「まさか……」

聞いたことがある声に思わず振り返る蒼。
その先にはたった今、マックスにも長い自己紹介をしたネリーが腕にボードを持ちながら驚いた表情で立ち尽くしていた。

「おや、二人は知り合いか?」

マックスはPCから顔を上げて二人の顔を交互に見た。

「さっきは自己紹介を出来なくてごめんなさい、ネリーさん……でいいんですよね?。
 私が空月・N・蒼中将です。
 ベルカ第一超空制圧艦隊旗艦《超空要塞戦艦ネメシエル》副長でありマックス司令直属の部下です」

「こ、光栄です!
 ネリーはフラッシュボルト公国……」

また自己紹介しだしたネリーを首を振って止めた蒼は

「状況はどうなんですか?」

とマックスに尋ねた。

「私から説明させていただきたく存じます、蒼中将」

急に態度が硬くなったネリーに苦笑しつつ蒼は

「ネリーちゃん、そこまで丁寧に言わなくていいですよ。
 この基地で私にそんな風に話す人は誰もいませんから。
 蒼ちゃんと呼んでいただければ普通にOKです」

「ありがとうございますっ!!
 それではちょっとしたブリーフィングを開きたいと思います!!」

ネリーはマックスを押しのけて電気の光量を蒼に頼んで落とさせた。
PCから光が広がり白い壁に図が映し出される。

「《扇風機》…………?」

蒼はさっきめくったばかりの資料を思い出していた。
ファンタジー要素がたっぷりとつめこまれた船体の側面には扇風機とでも言うべきものが大量にくっついている。
翼を持つ少女は蒼の驚きの顔を見て少し笑った。

「《扇風機》……ですか!
 ふふっ、面白い発想ですね。
 正確に言うとこいつは《ルシャトール級飛翔要塞戦艦》です!」

どこかのB級映画のような短い説明をしてネリーは蒼とマックスを振り返った。

「る、るいゃ……?」

「ルシャトールです、蒼ちゃん」

蒼はそばにあった椅子を引き寄せてその上に座った。
いっそうひどくなった雷鳴が意識を窓側に逸らす。

「ではネリーがどうしてここに来たのか。
 それを説明したいと思います!!
 ネリーの世界ではアルバス帝国という一大勢力が世界を統一するために戦争を起こしているのです!。
 次から次へと大群を送り込んで各国を植民地としています!
 ところがそのアルバス帝国は侵略先の土地だけでは満足せずに……」

「こっちの世界に攻め込んできたってわけだ。
 侵略される側としては寝耳に水ってレベルじゃないぐらいに驚きだ」

マックスは無精ひげを引っ張りつつ鼻で笑った。

「今マックス司令が説明してくれた通りアルバスは今こっちの世界をも侵略しようとしています!
 魔法が発達した私たちの世界ではアルバスは思うように侵攻が進まなくていらいらしていました。
 ネリーが来た理由はただ一つ、アルバスの侵攻を止めるためです。
 そのためネリーは秘密裏に転送されてきました。
 ネリーの世界では魔法が発達しています。
 それも次元をも往き来するような。
 ネリーの任務の概要としてはアルバスが送り込んでくる《ルシャトール級》の撃滅を
 ベルカの片手に入る大きさのコグレ基地の支援を借りて遂行することにあります。
 蒼ちゃんお願いです。
 ネリーに力を貸してくれませんか?」

次元を超えてここにやってきた少女は手を合わせた。

「アルバスはネリーの世界では一大勢力を誇っています。
 そのさっきも言ったとおりアルバスはネリーの世界の土地では満足できなくなったのでしょう。
 そこで蒼ちゃんの世界を切り取ることにしたのです!」

最後の方まで一気に言い切ったネリーは「ここまでいいでしょうか?」と付け足した。

「切り取る っていう優しい表現を彼女はしたが言い換えればただの侵略だ。
 聞いた話じゃ中立国のジェネシスにすら攻撃をはじめたっていうじゃないか。
 全くもっていい迷惑だよ」

ふーっとため息をついてマックスが机の角を小さく蹴った。
机が少し跳ね、ペンが落ちる。
そのペンを蒼が拾って液晶が収納された机の上に置きなおした。

「ベルカを――いやこの世界を攻めてくる《ルシャトール級》は
 全長八百メートル、総重量は二十八万トンのまさに動く要塞です!
 侵略、占領を目的としているため乗組員は一万人を超えるとされています。
 主砲は撃滅砲――デジウールを舷側に十五門、艦首に三門、艦尾に二門。
 合計三五門備えています!
 最大速力は時速五百キロ!!
 装甲にはアルバス自慢の特殊魔法合金が使用されています!
 これだけでやっかいなのに間違いなく魔法師団を乗せているでしょう。
 この魔法師団は《ルシャトール級》を覆うようにして
 エネルギー体を異次元へと飛ばしてしまうバリアを張っています!
 これを破壊するには直接乗り込み魔法師団を撃滅するしかありません!!」

クーラーがかかっている部屋にいるせいか背筋が寒くなった。
未知の国の兵器は蒼達の理解を超えてるほど強大だったのだ。
蒼は《扇風機》の大きさに少し驚くとともにふと沸いた疑問があった。

「そこまで分かっているのならどうしてそっちで処理しないんですか?
 別に私達の力を借りなくてもいいんじゃ……」

蒼の言い方はきついようにも見えるが彼女はあくまでも軍人。
まして敵がはじめて戦うような非科学的な物だと知ってしまった今
多少なりとげとげしくなるのは仕方がないことだと言えた。

「実はネリーの世界では《ルシャトール級》を落とせるほどの艦艇は存在しないんです。
 あるにはあるのですが……」

ネリーは口ごもって肩をすくめた。

「数が少ない上に確実な成果は上げれない?」

しばらく黙って説明を聞きながら大好きなタバコの入れ物をいじくり回していたマックスが口を開いた。
確かに自国兵器の方が優秀であったとしても敵の大量の兵器に敗北を喫することがある。
それは敵の量に質が押し切られたということだ。
量も立派な戦術として今では認識されているが《超極兵器》の核である蒼は卑怯者のすることとバカにしていた。
飽和攻撃とか言うらしいですが……。
――バカらしいです。
蒼は今回も自分の考えを変えようとは思わなかった。

「……はい!
 一度それで《ルシャトール級》を落としたはいいものの……。
 ネリー側の艦も甚大な被害を受けました。
 魔法と魔法がぶつかるというのは本当に大変なことなんです!
 蒼ちゃんの世界でいうと核兵器と核兵器がぶつかりあうようなものです!
 蒼ちゃんの世界は科学がとても発達している世界です。
 柔は剛を制すというように魔法に挑むなら科学しかありません!
 それにアルバスは他の世界には《ルシャトール級》を送る予定はないそうです!
 つまりほとんどの勢力を蒼ちゃんの世界を制圧するのに全力を尽くす可能性があるってことです!」

蒼は自分の眉が知らないうちに少しひそめられたのを感じた。
不信感を抱いてはいけない、と思い

「それならば聞きますが、何故私達の所だけなんです?
 他にも異世界はたくさんあったんじゃないですか?」

ネリーに対しての疑問をぶつけた。
ネリーは待ってましたといわんばかりに、脇のポーチを机の上に置いた。
その中から一枚の写真を取り出し、蒼に渡す。
日焼けして色があせたその写真を蒼はしげしげと眺めた。

「アルバスはネリーの世界から次元的に近い異世界に《小型戦闘艦》をばらまきました。
 もちろん並ならぬほど科学や魔法が進んだ異世界にですよ?
 わざと挑発行為をして攻撃させる。
 それで痛まないようなら後回しの世界。
 装甲が破られたり傷がつくなら最優先目標の世界。
 こうやって厄介者から先に潰すという魂胆だったんでしょう。
 案の定、蒼ちゃんの国の戦艦はこの《小型戦闘艦》を破壊してしまいました」

蒼が受け取った写真には《扇風機》が小さくなったようなものが写っていた。
右舷が大きく破壊されている。
赤とも茶色ともいえない装甲は大きく削げ落ち内部機器が露出していた。
爆発などではなく、溶かされ、捻じ切られたような痕跡は間違いなくベルカの光波共震砲。

「あまりの装甲の痛み具合に驚いたアルバスの軍部は
 これよりも分厚い装甲を持つ《ルシャトール級》の異世界への投入を決定しました!
 間違いなく徹底的にここを焦土とするつもりのようです。
 そして二度とアルバスには逆らわないように破壊を持って植民地世界とするつもりなのでしょう!」

少し震える手でマックスに写真を渡して蒼は頭に乗せた帽子を机の上に置いた。
帽子はじっとりと少し汗ばんでいた。

「ありがとう。
 ふむ――光波共震砲だな……。
 壊れ具合からして四十センチを超える巨砲。
 《超極兵器級》や《超常兵器級》よりも痕跡が薄いからおそらく《マイジー級》だろう」

その写真をじっくりと見てマックスはほうと息をついた。
また無精髭を引っ張っている。
写真をネリーに戻したマックスは

「要するに俺達の世界には嫌でも《扇風機》が戦争を挑んでくるわけだ。
 ここで俺達が協力しなかったとしてもいずれは戦うことになるだろう。
 それにフラッシュボルト公国はわざわざ彼女を我がベルカ帝国へと送ってくれた。
 彼女がいなかったら我が軍は絶対に勝つことなど出来ないだろう。
 こんなに情報も集まらないだろうしな。
 ありがたい話だ」

マックスはすっかり短くなったタバコを灰皿に投げ入れ新しいタバコをパッケージから取り出し咥える。

「いいんじゃないか、蒼中将?
 悪い話じゃなさそうだ」

咥えたおかげでくぐもる声でライターの火をタバコに近づけた。
また新しいタバコに火をつけたマックスは大きく煙を吸い込み天井に向かって吐き出す。
煙は天井に当たって薄く広がる。
蒼は煙を吸い込まないように鼻をつまんだ。

「じゃあ協力して……!?」

喜ぶ表情になるネリーにマックスはタバコを持っていない手の指を突き出した。
表情は完全に固く、まだ警戒をといてはいない。
タバコの灰がはらりと机の上に落ちた。

「これだけ聞いておきたい。
 実際のところ俺達の世界なんてどうでも良いんだろう?
 違うか?
 アルバスと敵対するあんたの国としては今、少しでもアルバスの勢いを殺いでおきたい。
 俺達の世界なんてどうでもいい。
 これが本音じゃないのか?
 違うとしたらあんたの国は相当なお人よしだ。
 なぜってあんたの世界に広がっているアルバスの戦線すべてが
 フラッシュボルト公国だけに集中する原因を作り出すことになるかもしれないんだからな」

「マックス、言い方ってものがあるんじゃ――」

蒼がとめるのをマックスは手で制止した。
司令は自分の基地の犠牲を出来るだけ出したくないのだ。
それが棘となり荒い口調となり不満となるのは仕方がないことだろう。
人間である限りそれは避けられない。

「今まで一切かかわりがなかったましてや異世界の国を
 戦争をしている国が助けるなんて普通はしない。
 なら何か大きな目論見が裏で動いていると俺は考えるね。
 どうなんだ?」

ネリーは悲しそうな表情で頭を垂れた。

「もしアルバスの戦線が我が国に集中したら間違いなく大きな犠牲が出ます。
 下手をすれば国土が全滅するかも知れません。
 ですがフラッシュボルト政府はアルバスにばれないようにネリーをここまで使わしたのです。
 アルバスの手にかかろうとしている異世界を見逃すことは出来ない。
 敵の敵は味方、ということだったんでしょう」

顔を上げ、次元を超えてやってきた彼女の表情はしっかりとしたものになっていた。
マックスをにらむ様にして一言一言を確実に噛み締め吐き出していく。

「それにネリー達が蒼ちゃんの世界をどうでもいいと思うわけがありませんっ!
 二度とそんなことは言わないでください!
 なぜなら我が国はベルカ帝国との同盟を望んでいるからですっ!」

同盟……。
その言葉が蒼の頭に響いた。
ベルカは蒼の世界では全世界を敵に回して今戦っています……。
同盟できる国なんてありもしませんでした。
異世界の国から同盟を望まれているなんて考えもしなかったです……。
内心と同調して目頭が少し熱くなった。

「……そうか、すまない。
 気に障るような言い方をしてしまったな、許してくれ。
 本音が聞きたかったんだ」

マックスはにこりと笑いもせずにまだ長い煙草を灰皿に押し付けた。

「蒼中将、いい話をいただいたな。。
 ベルカとフラッシュボルトの利害は一致しているんだ。
 彼女が――ネリー少尉が危険を犯してまで我が国に来てくれた。
 なら我々は当然、その行為に感謝して行動を起こさなければならない。
 ネリー少尉、ありがとう。
 是非協力させてもらうよ」

唖然としているネリーの手を取ってマックスは力強く握った。

「は、はいっ!」

使命を半分果たしたと同時に安堵が来たのだろう。
椅子にネリーは座り込んでしまった。
ゴロゴロと雷は少しずつ近づいてきているように思えた。
マックスは机のカバーを横にスライドさせると液晶をつっついた。

『へぇ、こちら食堂でさぁ』

液晶電話だ。
宙に浮いた裏側からでも透けて見える液晶にはコック帽子をかぶったいい年のおっさんが映っている。

「俺だ、マックスだ。
 コーヒー……でいいのか、お二人さんは?」

液晶から目を逸らしてマックスは蒼とネリーを見た。
蒼は少し考え頭に出た結果を小さな声で

「私、マンゴージュースがいいです」

と伝えてネリーに右手でどうぞのポーズをとった。

「じ、じゃあ私はオレンジジュースでお願いしますッ!」

ネリーがマックスに小さく頭を下げた。
マックスは「へいへい」と手を動かして

「コーヒーとマンゴージュース。
 あとオレンジジュースとお菓子の盛り合わせを持ってきてくれ。
 基地司令室にいるから」

『ほんまですかいな。
 遠いんですけど……まあ分かりましたわ。
 ほな』

液晶が暗くなりマックスはカバーを元に戻した。
胸ポケットからタバコの入れ物を取り出し中をまさぐる。

「体に悪いですよ?」

蒼は立ち上がってマックスから入れ物をもぎ取った。

「残念だったな、蒼中将?
 中は空っぽさ」

「へ?」

蒼が入れ物を握ると何の抵抗もなく、くしゃっとつぶれた。

「ゴミはゴミ箱へ」

「む……」

蒼はタバコがないことが分かるとゴミ箱に投げ入れた。
警戒が解かれやさしい顔つきのマックスは、額を人差し指で押さえてマッサージしながら

「今から作戦を出来るだけ練っておこうと思う。
 ネリー少尉、何か作戦はあるか?」

そわそわとお菓子を待っているネリーに疑問を投げた。
急に自分に話が振られるとは思っても居なかったのかネリーはしっぽをぴんと上に向け焦っている。
分かりやすいですねぇ……。
蒼は感服した。

「ふぇ!? 
 えっと、そうですね……。
 《ルシャトール級》のバリアさえ剥いでしまえばこっちのものだというのは分かるのですが……」

「そのバリアってのは、あの魔法師団のやつか?
 異次元に飛ばすとか言っていた?」

マックスは指と指を組み合わせてその上に顎を乗せた。
考えるときの特有の癖だ。

「はいっ!
 それがなくなれば《ルシャトール級》の特殊装甲が残るのみです。
 魔法師団を倒すには、協力な魔力をぶつけて出来た割れ目から侵入する以外に方法はありません。
 もちろん、異次元に飛ばされないためにこっちも保護魔法をかけてぶつかります。
 最大で二メートル、これが過去から現代までに作れた最大の割れ目です」

「うーむ……。
 《扇風機》が何隻来るのかが分からない今、こっちも準備の仕様がありませんね」

蒼はまだ壁に映し出されている《ルシャトール級》の図に沿って指を這わせた。

「そのことについては我が国の……っ!?
 ごめんなさい」

ネリーは耳を押さえた。
お気に入りの場所で取り出した通信機はもともとは耳に入れるものだったのだろう。
蒼は大きな欠伸を一つした。
しばらくネリーは黙っていたが表情がだんだん柔らかくなっていっているのは明らかだった。

「いい情報が入りましたよ!」

翼がぱたぱたして室内の紙が舞い上がる。

「ど、どんな?」

マックスが飛ばないように紙を押さえながら言葉を返した。

「今から説明しますねっ!
 よかったー、聞いてくださいねッ♪」

PCの前に移動してキーボードを叩いた。

「――?」

《ルシャトール級》の図の周りを囲むように薄い青色が追加された。

「これが魔法師団の作り出すバリアーです。
 このバリアはエネルギー体を異次元へ飛ばしてしまう機能を持っています」

その青い膜を貫通して図の《ルシャトール級》内部に場面は移った。
変な形の機械郡が壁に押し付けられたように展開されている。

「蒼ちゃんのこの世界に攻め込んでくる《ルシャトール級》の数、艦名が判明しました。
 およそ二十隻がやってくるようです。
 旗艦は《アジャナ・ズゥ》だと予想されます。
 それを囲むようにして残りの十九隻……。
 これ言った方がいいのかなぁ。
 《クシャナ・ズゥ》、《アナトリア》、《フォルケン》、《アーバイン》、《ガイアロス》、《ハープーン》
 《クルーエル》、《テールウェル》、《ハルーン》、ごほっ。
 それと《ミュンヘン》、《ビシャ》、《ガルベントス》、《ガイアムーン》、《ジャストバーン》
 《セントバーン》、《ジ・ゴール》、《ジャスタ・ズゥ》、《カターニャ》、《アスタロフ》。
 はぁ……はぁ……。
 ちょ、ちょっと待ってくださいね……」

一言で物凄い数を言い切ったため酸欠で倒れそうになっている。
蒼とマックスはただただ感心するしかなかった。
蒼は思う。
というか全部言わなくても良かったんじゃ……。
精も根も尽き果てそうになっているネリーはドアが開き入ってきたお菓子類を見ることによって
見事、と思わず呟きそうになるぐらいにまで一瞬で回復した。
異形の人間に顔がこわばった給仕員を下がらせマックスはコップを持ちネリーに渡した。

「オレンジジュースだったよな?
 おやつもたくさんあるから食べてくれ」

蒼の目の前にどんと置かれた皿の上には山盛りのクッキーやチョコレートが飾られていた。
ぱっと手が伸びてクッキーが一枚早速ネリーの腹の中に消えた。

「生き返りましたっ……!
 それでは続いて説明をしていこうと思いますっ!
 先ほどの魔法師団は、ネリーが倒します」

コーヒーをすすっていたマックスはぶっと吹きだし、咳き込んだ。
蒼もマンゴージュースを飲もうと思っていた手前の出来事だったため
この説明が終わってからにしましょうか……。
その判断に至るまで五秒もかからなかった。
まだまだ驚かされそうなことがネリーの口から飛び出しそうだからだ。
口に咥えていたストローを放して蒼はクッキーを頬張った。
そして《扇風機》の図をもう一度眺めた。

「な、何がおかしいんですか?」

「いや、待ってくれよ」

吹きだしたコーヒーをポケットに忍ばせていたハンカチで綺麗にふき取りマックスはストップをかけた。

「ネリー少尉が? 
 ネリー少尉が《扇風機》の中に忍び込んで魔法師団をぶちのめすって?
 おいおい冗談はやめてくれよ、HAHAHA」

乾燥した笑いを飛ばすマックスを見て首をかしげつつ

「まぁその点は大丈夫ですよっ!!
 ネリーが確実に魔法師団をぶちのめしますので!!
 ……いつまで笑っているんですか、説明に戻りますよっ!」

蒼の方を困ったように見てマックスを指差すネリーに蒼は手を合わせて「ごめん」と呟いた。
「いいですよ!」と手を振ってネリー自身はあまり気にしていないことを伝えてきた。
小さなため息を空気中に吐き出してネリーはまたPCをいじった。
さっき映し出された部屋の図が拡大されて詳しい説明がその隣に表示された。

「いくら異世界を侵略するとはいえバリアに熟練した魔法使いを船一つ一つに乗せるなんて不可能です。
 だから普通は旗艦に魔法師団を乗せ、そこから艦隊全部の船にバリアを配るという方法が主流となっています!
 蒼ちゃんの世界に攻め込んでくる艦隊にも間違いなくこの方法が取られていると見て間違いないです!
 というかさっき諜報部からそういうことを聞いたので間違いはないはずです!!
 アルバスの艦隊が現れたら《アジャナ・ズゥ》ネリーが乗り込み魔法師団をぶちのめします!!
 そしてバリアが無くなった艦隊をベルカの戦艦が撃破する――というのが流れになると思います!
 そこで私は《マイジー級》戦艦の始動を要求したいです」

蒼は本当にマンゴージュースを飲まなくて良いと思った。
横でマックスはまたコーヒーを吹き出してハンカチでそれを拭いていた。
目を白黒させて自分の発言を思い返すネリーが微妙な空気を加速させていたともいえる。
笑っているのをごまかすのをやめたマックスは机をどんどんと打ち付けて呻いていた。

「な!?
 今のどこに笑うところがあったんですかっ!?」

ネリーはわけがわからん顔を蒼に向けていた。

「あ、あのね、ネリーちゃん。
 《マイジー級》はもうこの基地にはないんです」

頬をひくひくさせながら蒼はやさしく諭した。

「へっ?
 そ、そんなぁ。
 《ルシャトール級》の装甲を破れるのは《マイジー級》だけなんですよぉ……?」

解けはじめたオレンジジュースの氷がからんと小さな音をたてた。
頭を抑えて机に突っ伏すネリーを今度はマックスと蒼がわけわからん面持ちで眺めることとなった。

「どういうことなんだい、ネリー少尉?
 俺達に説明してくれないか?
 《マイジー級》じゃないといけない理由を」

液晶電話でコーヒーとハンカチを再リクエストしたマックスはネリーを出来るだけ傷つけまいと
やさしい口調で蒼にウインクしつつネリーに説明を求めた。。
蒼もマックスにウインクして「いい判断です」と親指を立てる。
リクエストしたコーヒーがマックスに届けられたのと同時にネリーはまた説明に入るため立ち上がった。
給仕員は机に突っ伏した一名とにこにこと笑顔を浮かべる二人に対して
何か納得がいかないといった顔をして部屋を出て行った。

「ネリー達の諜報部の出した結果なんです。
 もし、気に触ったなら謝るので気軽に言って欲しいです。
 ベルカには《マイジー級》五隻を超えるような戦艦は存在してないんですよね、たしか。
 《小型戦闘艦》を破壊できた《マイジー級》なら《ルシャトール級》の装甲を僅かの差で貫き
 エンジンなどを狙えば落とすことすら出来るんだと、私は認識しているんです。
 つまりこの作戦の肝は《マイジー級》だったんですが、それがないとなると……」

蒼は胸をなでおろした。
ネリーの心配は杞憂だと言うことが分かりほっとしたからだ。
ネリーちゃん、その心配は必要ありませんよ。
だって……《マイジー級》はとても古い艦。
今は核の練習艦として使用されているほどです。

「ネリー少尉、落ち着いて聞いてくれ。
 作戦の肝の《マイジー級》はもうベルカには現役で存在していない」

マックスは青い片方しかない目でネリーをしっかりと見つめた。

「《マイジー級》は確かベルカ本州にて練習艦として使用されているのみだ。
 この基地にはそんなオンボロは存在しない。
 つまりは……」

「じゃあもう無理じゃないですかぁ……!
 作戦はもう一度考え直すしか……!」

マックスは自分の言葉を遮ってまで絶望をかもし出すネリーに対して苦笑いをして

「少しは俺の話を聞いたらどうなんだ、ネリー少尉?
 いいか、《マイジー級》はベルカにとってもう古い艦なんだ。
 ほとんどが退役しているか練習艦としてしか扱われていない。
 このコグレ基地に《マイジー級》がないのは簡単な話さ。
 な、蒼中将?」

「そうですよ、ネリーちゃん。
 この基地には《超兵器》があるからなんです」

蒼が得意気にない胸をはった。
ぽつり、ぽつりと窓に小さな水滴が付着した。
とうとう天気が崩れたらしい。
雨は急激にコグレ基地全体に大量の水を降らしはじめた。

「《超兵器》ですか……?」

「はい。
 《超極兵器級》の略称です。
 《超極兵器級》は私達の最高、そして最強の五隻の軍艦のことを言います。
 その下に《超常兵器級》って来るんですけどね。
 紛らわしいので今は考えない方がいいかと」

コンクリートの建物に雨がぶつかる音がひどくこだまする。
そんな些細な事は気にしないように口の中で反響する《超兵器》という言葉を
存在するかどうかを確かめるようにネリーは目を閉じた。
しばらくして

「それは……」

ネリーは一度口ごもり言うのをためらおうとしているようだった。
蒼が促すと

「それは《マイジー級》よりもすごいんですかっ?」

「はっはっはっは……!
 おい、聞いたか蒼中将?
 いいか、ネリー少尉。 
 《超兵器級》――《超極兵器級》はこれまでの全ての極みをひっくり返すって意味が込められているんだ。
 それに比べて《マイジー級》なんてもんは全長二百七十メートルのただの雑魚戦艦に過ぎない」

「そ、そうなんですか?」

信じられないといったネリーに蒼は微笑みながら肯定の返事を返した。
これで不安が取り除かれてくれると良いのですが……。
そう蒼はひそかに思う。

「そ、その《超兵器》は一体どれぐらいの力を……?」

「そうだなぁ……」

マックスは蒼に目配せをして「うまくいったな」という意向を伝えてきた。
今回の作戦の要はネリーなのだ。
彼女の士気を取り戻すためにも一つ芝居をうってみたのだった。
といっても真実のみ伝える芝居だったが。
蒼もそれに頷いて返事を返したときだった。

『敵接近、総員第一種戦闘配備!
 繰り返す……』

スピーカーからサイレンが鳴るとともに不安に潰されそうな兵士の声が流れ出してきた。

「ちっ、こんな時に!
 連合からの攻撃か!?」

マックスは雨が滴る窓から外を見下ろした。
その瞬間に地面が消え、赤い炎が爆発的に広がり戦闘機を飲み込んだ。

「うおっ!?」

呻いたマックスにはピンクのような光が滑走路に落下したのが見えたのだろう。
その光によって今飛び立たんとしていた飛行機は消え
滑走路はめくれ上がり大きなコンクリートの破片が他の場所に降り注いだ。

「まさかっ……もう来たんですかっ!?」

ネリーは恐怖がかかった眼で滑走路の跡を見つめた。
答えのようにネリーが見ている前で一隻の小さな船が
ピンクの光が立てた水柱に飲み込まれバラバラに砕け散った。
轟音の中でも聞えるような音量でマックス当てに無線がかかってきた。
自動的に再生される無線機からはこっちはこっちで悲鳴のような兵士の声が湧き出していた。

『マックス司令!
 超空制圧艦隊のドックが開きません!
 なにやら意味の分からない結界のようなものが張ってあって――』

蒼は舌打ちした。
ずぼらな警備員の親父ですね。
レーザーでもぶち込んであげましょうか……。
マックスは液晶電話で

「バカ野朗、落ち着くんだ!
 敵の位置、方位を教えろ!
 どうして攻撃されるまで気がつかなかったんだ!?」

喚きたて、部下の悲鳴に負けないように大声を出していた。
ぱらぱらと天井から粉塵が落ちてきた。
窓の外が赤く燃えている。
迎撃の戦闘機も滑走路が破壊されて出撃することが出来ずに格納庫で眠っていた。

『はっ、雨雲かと思い見過ごしていたところそれが……敵でありまして!
それで……あのっ!!』

マックスは液晶を叩き割るような勢いで言い返した。

「そんなことはどうでもいい!
 《ネメシエル》はどうなってやがる!?」

状況は非常にまずい。
これで《ネメシエル》が使えないとなると……。
蒼はそうはならないようにと、信じていない神にも祈る気分だった。

『司令!
《ネメシエル》格納庫には結界がありません!
 ただ電力供給がままならないので装甲シャッターは開きませんが……』

「十分だ」

マックスは机の上においてあった帽子を被った。
散らばったクッキーをちらりと見てそれからネリー、蒼両者を前に椅子から立った。

「蒼中将、聞えたな?
 出撃を命ずる、目標は《扇風機》二十隻。
 確実に殲滅せよ。
 ネリー少尉が同行してくれる、今までに無いサポーターだ。
 最終目標は生きて帰ってくること。
 よし、行け!」

「任せといてください。
 ネリーちゃん、一緒に」

「は、はいっ!」

敬礼をして蒼は部屋から出た。
ここの司令部屋から《ネメシエル》の乾ドックまでは約三百メートル。
体があまり大きくない蒼とネリーは走る男たちの群れを潜り抜けすいすいと進んだ。
蒼が中将ということで兵士自ら避けてくれていたのも一つの原因ではあったかもしれない。
普段は蒼は《ネメシエル》の乾ドックに直結している部屋で過ごしている。
今回はマックスたちと話をしてたためにたまたま遠くに居ただけだ。
ちなみに《ネメシエル》の乾ドックはとてつもなく巨大な物となっている。
全長は三千メートル、全幅は千メートルもの広大な空間。
《ネメシエル》のような《超極兵器》専門のドックだ。
コグレ基地のドックは《ネメシエル》専用の物となりつつあるが。
基地が攻撃を受けている音は《ネメシエル》の乾ドックに近づくにつれ小さくなっていった。
敵は《ネメシエル》までの情報は掴んでいなかったことになる。
《ネメシエル》の格納庫は自然に島が削れて出来た空間に作ってあるわけだから外見からして分かりにくい。
走るにつれて、磯の臭いが少しずつ充満してきていた。
兵士達の怒号と悲鳴は絶えず聞えてきてはいたが。

「あ、蒼ちゃん……?
 ここで合ってるんですよねっ……?
 それに蒼ちゃん、《超兵器》とかは一人で動かせるんですか?」

不安そうなネリーの手を引っ張り力強く頷いた蒼は『Neme 1』と札にかかれた角を曲がった。
そのまま五メートルほど走り、息を整えながら十二桁のパスワードを入力する。
赤く塗られた金属扉はサビ止めと侵入者防止をかねておりとても分厚い。
一枚当たりで二トンはあるとかいう噂だ。

「よしっ……、ネリーちゃん中に入ってください」

液晶が緑色に染まると戦闘時とは思えない軽いメロディとともに扉が開いた。
気圧の変化で生じた風が蒼とネリーの髪をかき回す。
また五メートルほど歩くと視界が開けた場所に出た。
SFのように光る廊下は直接《ネメシエル》の艦橋に繋がっている。
ネリーはその廊下から身を乗り出して下を見た。

「落ちないでくださいね?
 落ちたら間違いなく即死の高さですから」

蒼はちらっとネリーの背中から生えている羽を見てしまったと呟いた。
羽があるのを忘れていましたね……。
廊下からは《ネメシエル》の全貌が見渡せる。
艦首は遠くに霞み、舷側に張り出したエンジンからは巨大な金属の翼が生えている。
廊下の真下には大量の数え切れないほどの砲台がついており
艦首側と艦尾側にはそれだけで六十メートルをゆうに超える砲台が規則正しく並んでいた。
奇妙な模様が甲板上を走りそれがまたネリーの頭に変なイメージを刻み込む。

「これが《超兵器》……」

潮の香りがネリーの鼻腔をつき蒼の髪が風を孕んで大気に噛み付いていた。
蒼はネリーの横に立って教えてあげることにした。

「これが私の戦艦です。
 《超極兵器級超空要塞戦艦ネメシエル》。
 全長、一六二四メートル。
 総重量、二千五百万トン。
 最大速力マッハ二」

「せ、一六二四メートルですかっ!?」

「信じられません……」とネリーは自分でも意識せずに口に出していた。
ネリーは正直蒼の世界をバカにしていた。
科学がいくら発達しているとはいえ魔法に敵うわけがないと思っていた。
《ルシャトール級》一隻と《マイジー級》三隻でようやく釣合うほどの世界だと思っていた。
だがそれは違った。
目の前の少女、蒼によってそれは真っ向から否定された。
フラッシュボルト公国の諜報員すらこの《超兵器級》の存在を知ることは出来なかった。
情報が古すぎたのか、もしくは戦力外だと勝手に判断されたのか。
はたまたあまりにも巧妙な隠蔽によりベルカには《超兵器》が一隻も存在していないと思い込まされていたのか。
ネリーははじめて蒼を違う目で見ることが出来た。
島全体が揺れるような音とともに天井についている巨大なライトが瞬く。
敵が集中攻撃から散布攻撃へと切り替えたのだろう。

「ネリーちゃん、早く!」

「は、はいっ!」

廊下を渡りきると《ネメシエル》の巨大な艦橋が自分を見下ろしていた。
その中に蒼とネリーとが一緒に入った瞬間、分厚い鋼鉄の扉が廊下と二人を遮断した。
これは『核』以外の者を排除する意味合いも持っている。
足場だけの小さなエレベーターが設置されており二人はその中に乗り込んだ。
静かにエレベーターは上昇したかと思うとすぐに止まった。
蒼にとっては見慣れた風景だ。
ここは《ネメシエル》の艦橋、つまり《ネメシエル》を蒼が操縦するところだ。

『こんにちわ、蒼副長。
 えらい急いでどうしたんだ?』

艦橋内を満たす無機質な女性の声がどこからともなく流れ出してきた。
《ネメシエル》の人工知能であり艦長のナクナニア光ニューロAIの声だ。

「敵襲です」

蒼はなれた手つきで艦橋内に設けられたレリエルシステムと直結している椅子に腰掛けた。
シートベルトをして、腕を接続口に差し込む。

『何?
 それはえらいことだな。
 それで、敵は?』

「《扇風機》が二十隻あまりといった所でしょうか。 
 でも、《ネメシエル》?
 はじめて戦う相手ですよ。
 ので今回は慎重に行きたいと思います」

『了解だ、蒼副長。
 それで、お連れのお客さんは?』

蒼はああ、と頷いて艦長に話しかけた。

「ネリー少尉です。
 今回の作戦の要を担ってもらうんです」

『ふーん、そうか。
 ネリー少尉、《ネメシエル》だ。
 どうか今回はよろしく頼む』

ネリーはPCに挨拶をされるのが初めてだったため奇妙な感じがした。
その心理のおかげで小さな声でしか「はい」がいえなかったが艦長はあまり気にはしていないようだった。

「補機、始動。
 主機にエネルギー伝達」

蒼は椅子に座って目を閉じた。
ゴゴンと艦尾方面で補助エンジンのナクナニア光反動炉十機が始動する音を聞きながら
《ネメシエル》に指示を飛ばし始める。

『それにしても蒼副長。
 今日のお客さんは変わっているな、え?』

《ネメシエル》はスピーカーでしゃべるのをやめ
レリエルシステムで蒼と繋がった瞬間に思考で蒼に話しかけてきた。
いつもはまじめなくせにこういうときはおしゃべりなんですから……。
毒づく蒼の心とは裏腹に

『私のデータバンクにも存在しない人種だ。
 捕まえてみる価値はあるかもしれんな』

《ネメシエル》のおしゃべりはやむ気配がない。

「《ネメシエル》ちゃんと集中してください」

珍しく蒼が《ネメシエル》に怒った。

『了解だ。
 ……補機内の圧力よし。
 そろそろいけるぞ、蒼副長』

「了解です。
 ドック内に海水の注水を開始してください。
 それとともに前翼大型ナクナニア光放出砲両番にエネルギーの補充をお願いします」

『了解。
 武装用ナクナニア光反動炉一番、二番起動。
 エネルギー伝達開始』

「了解しました」

蒼は口に出してネリーにも聞えるようにそう言った。

「え、な、何がですか、蒼ちゃん!?
 大丈夫なんですよねっ!?」

ブリーフィングでの大人びた姿はどこへやら。
ネリーは不安そうにエンジンの音が高まる艦橋内で立ち尽くしていた。

「ネリーちゃんは確か《扇風機》に忍び込んで旗艦の魔法師団を潰してくれるんですよね?」

蒼は《ネメシエル》の思考を無視してネリーに話しかけていた。
システムから一時離脱したことによりくらっとくる頭を無視して蒼は話を続ける。

「は、はいっ! 
 その予定ですが……」

「なら甲板にて待っておいた方が良いかもしれません。
 入るときに使った扉を含めて《ネメシエル》が砲門を開いた瞬間に
外部に通ずる通路は全部閉鎖されてしまいますから。
それと、通信の番号を教えてください。
こちらから話しかけることとかもあると思うので」

「えっと、これですよっ!!
 今電波飛ばしてますよっ!」

『ん、無線電波をキャッチ。
ロック完了』

《ネメシエル》がそう蒼に報告してきた。

「無線接続完了です。
 出るときは入ってきた道から入れば外に出れますよ。
 ドアのロックは外しておきますね」

ネリーは「わかりましたっ!」と勢いよく扉から飛び出していった。
蒼はまた目を閉じてネリーがエレベーターに乗ったのを感じるとパンソロジーレーダーに切り替えた。
地形を無視してまで遠くを見ることが出来る万能レーダーでコグレ基地の被害状況を確かめる。

「――ひどい」

軍事施設だけでなく民間施設も燃えていた。
電波塔が根元からへし折れ、近くの民家にのしかかる。
粉塵が舞い、煤に汚れた人々が避難しているのをありありと見ることが出来た。

「《ネメシエル》、行きますよ!」

これ以上被害を増やすわけにはいきません。
蒼はレーダーで捕らえた《扇風機》の艦隊をはじめて生で見上げた。
マックスが言っていた通り、舷側に大量のよく分からないものがついている。
砲塔みたいな回転するのは存在しておらず、埋め込まれているようだった。
塔のように高く聳え立つ艦橋は色々な色に着色されており宮殿のような豪華さすら感じさせる。
その《扇風機》の艦首が光ったかと思うとピンク色の光が新たにコグレ島に花を咲かせた。

『了解。
 非常プロセスに従い速やかに任務を遂行する』

蒼は意識を全艦に飛ばした。
海水が艦底を洗っているのを感じる。
規定の位置までしっかり貯まっていることを確認しないと《ネメシエル》を傷つけてしまう。

「《ネメシエル》、固定器具を解除。
 エネルギーはこちらから送ってあげてください」

『了解。
 固定器具解除』

海水が喫水上にまでたまり、赤い部分が見えなくなると水中の拘束具は静かに
《ネメシエル》の船体から離れて壁の中に引っ込んだ。
蒼達が乗ってきた廊下も、横に折れ曲がり、ネリーが出たのを確認した蒼は
《ネメシエル》の艦橋扉を閉じてロックした。
これでもう誰も中には入ってこれないし、蒼も戦闘が終わるまでここから出ることができない。

「《ネメシエル》、ネリーちゃんはどこにいますか?」

『……、甲板上に確かに存在。
 砲塔の上で一休みしているのかな』

「じゃあ、無線をつないでください」

『艦長使いが荒いというかなんと言うか……。
 はい、つなぎましたよ』

蒼の感知野にネリーの姿がばっちりと映った。
神経を集中させてネリーの無線と《ネメシエル》の無線をつなぐ。

「ネリーちゃんですか?
 蒼です。
 今から我が艦は――えっと、飛びます。
 このドックから出る際に装甲シャッターを爆破しますので。
 あまり武装には触らないほうがいいですよ、やけどします。
 それと無線は切らないでおいてください。
 状況などを把握したいので」

アルバスの攻撃はさらに激しいものになっていた。
パンソロジーレーダーで見るのも痛々しいほどコグレ基地は燃えていた。
滑走路が壊され、艦隊のドックが閉鎖されているとなると反撃すら出来ないのは当然だと言えた。
基地の砲台は射程距離が足りない。
つまり遠距離から一方的に敵のパンチをコグレは受けているようなものだった。
ネリーははじめ急に無線から聞こえてきていた蒼の声に驚いていたが
すぐに甲板上にしゃがみこみ衝撃波などに対する保護魔法を自分にかけた。
蒼はそれを確認すると《ネメシエル》の命令を下した。

「出航シークエンス開始お願いします」

このままだと基地は陥落してしまう。
蒼を焦りが蝕み始めた。

『了解。
 主砲及び副砲状態安定、オールグリーン。
 全五一センチ光波共震砲から四十ミリ光波機銃状態安定、オールグリーン。
 全兵装レリエルシステムと同調完了、オンライン。
 区域別遮断防壁装甲シャッター展開、ロック。
 自動修復装置起動、艦内に展開。 
 自動追尾装置及び自動標的選択装置グリーン。
 軌道湾曲装置正常、消滅光波発生装置グリーン。
 主機、グリーン、補機、グリーン』

《ネメシエル》のAIが一気に次々と報告した。
だが蒼が知りたいのは最後の言葉だけだ。

『砲塔全て旋回確認、異常なし。 
 パンソロジーレーダー及び立体三次元パンソロジーレーダーグリーン。
 システムオールグリーンを確認』

最後の言葉を聴いたとき蒼は意識を声にしていた。

「了解!
 《ネメシエル》全兵装解放!
 エンゲージ!!」

《ネメシエル》の巨体がゆっくりとドック内を滑り始めた。
ドック内規定速度時速八〇キロになんて直ぐに達する。
蒼は戦闘前に焦りを減らしておこうと大きな息を吐いた。

【ん……楽勝……】

その時だ。
頭に発生源不明の無線が入り込んできたのは。

「《ネメシエル》、これって――」

『発信源は敵艦隊。
 敵の無線をたまたま拾ってしまったらしいな』

蒼は無線の音量を意識して小さくしてBGM代わりに流すことにした。
これなら敵の情報をいつでも把握することができる。
偶然だったが幸先のいいスタートにも思えた。

【楽勝だな、この世界も。
 俺たち艦隊の前を遮ったものが今までに存在したか?】

さっき聞こえてきたのと同じ声だ。
僚艦たちの艦長と話をしているのだろう。

【ありません、フォンニー大佐殿。
 我々は無敵にして最高の軍隊であります】

フォンニー大佐――ですか。
変に発音しにくい名前ですねぇ……。
なぜかアイスクリームが頭に浮かび蒼は少し笑ってしまった。

『装甲シャッターはやっぱり動かない。
 仕方がない、破壊する』

その蒼の頭を蹴飛ばすように《ネメシエル》が現実を伝えてきた。
基地からの動力で動くはずの装甲シャッターはぴくりとも動かなかった。

「そうしましょう。
 エネルギー充填は終わっていますよね?」

『当然だ。 
 いつでもいける』

前翼大型ナクナニア光放出砲に蒼は意識を集めてみた。
エネルギーはぱんぱんに備蓄されあふれ出た光は鋭い。

【心配されたベルカの戦艦もスパイのおかげで出撃は不可。
 まったく、うまいこと行くもんだなぁ】

《ネメシエル》は時速八〇キロに達した。
パラパラ落ちてくるコンクリート片を船体の装甲が弾き返し
攻撃の揺れに耐え切れなくて倒れてきたクレーンを主翼が分断する。
装甲シャッターに蒼は狙いを定め、《ネメシエル》を巧みに操りながら狭いドック内を疾走する。
《ネメシエル》の艦首と装甲シャッターの距離が二百メートルを切った。

「撃てぇっ!!」

前翼ナクナニア光放出砲から青い束となった光が二つ放出された。
それらは光速で装甲シャッターにぶつかると、すぐに膨れ上がり巨大な衝撃波を纏う爆風となり
厚さ二百センチの装甲シャッターを跡形もなく吹き飛ばした。
《ネメシエル》は時速八〇キロから更に加速する。
湧き上がる黒煙に《ネメシエル》は頭から突っ込んだ。

【何だ!?
 誘爆でもしたのか!?】

【分からん。
 しかし何てばくは―――!?
 お、おい、なんだよあれ!】

黒煙を纏うように《ネメシエル》の艦首が突き出した。
続いて前翼部が、途中から太くなった船体が黒煙を斬り海を裂く。
《ネメシエル》だけの特徴とも言える五一センチ六連装砲が姿を現し
鋼鉄の城ともいえる艦橋部が飛び出してきた。
それとほとんど同時に七百メートルを越える主翼が光り《ネメシエル》、二千五百万トンの船体を持ち上げた。
奇妙な模様が甲板上を覆うように煌き、五一センチ光波共震砲が最大の俯角を取る。
その姿はまさに《陽天楼》――《ネメシエル》にふさわしいと言えた。

「攻撃開始!」

蒼は右腕を動かす感覚で上空を漂う《扇風機》に狙いを定めた。
離水したばかりの船体にさせて良い行動ではなかったがそんなことを言っている場合でもなさそうだ。
敵が《ネメシエル》に驚いているうちに一隻でも減らしておいた方がいいのだ。
緑のシーカーが次々と《扇風機》に重なり赤くなった時、蒼はためらいもなく五一センチ砲を放った。
甲板上に設けられた五一センチ六連装砲の砲身すべてからオレンジ色の光が
二十隻の侵略艦隊へと向けて飛翔してゆく。
だがそれは《扇風機》にぶつかる手前にて暗闇に引きずりこまれ消えた。

「あれが魔法師団のバリアですか……」

蒼がぎりっと歯を噛み締めならば次の兵装を――と考えた。
蒼は相手の攻撃が心配だった。
あのピンクのレーザーは得体の知れないエネルギー体だからだ。
ならば少し遠くに逃げておいた方がいいに決まっているのだ。
蒼は《ネメシエル》の機関出力を上げた。
レーダーでキャッチした敵のレーザーが《ネメシエル》の船体を掠める。
蒼はこの一六二四メートルの巨体を少しでも戦場から遠ざけるために最高速度のマッハ二で南に旋回した。
敵との距離はおよそ五千。これだけあれば敵の攻撃を避けるなんて容易いことだ。
艦橋内にぴぴっと音がなりネリーからの通信が入った。

『あ、蒼ちゃん?
 ネリーです。
 ネリーが今から敵旗艦《アジャナ・ズゥ》に乗り込み魔法師団をぶちのめしてきますよ!
 ぶちのめした後はおそらくバリアは消えるはずですっ!
 青っぽい艦がありますよねっ?
 それが《アジャナ・ズゥ》です。
 では行ってきますねっ♪』

「えっ、あ、はい……」

蒼は拍子が抜けたような顔でネリーに返事を返したのだった。
思った以上に軽いノリでしたね……。
《ネメシエル》のイージスが《扇風機》のレーザーを跳ね返した。

「気を抜いたら駄目ってことですか……」



          ※



《ネメシエル》の甲板にすっくと立ったネリーは翼をはためかせ飛び立った。
《ネメシエル》にぶつからないようにうまいこと隙間を通り
自分の下を砲塔を旋回させながらレーザーを放つ超極兵器を眺める。
飛び交う《ネメシエル》と《ルシャトール級》の砲撃戦の隙間を潜り抜け少し青っぽい敵艦の旗艦――。
《アジャナ・ズゥ》の近くにまで来た。

「ここからでしたっけ……?」

ネリーはちょっと指先で触れてみた。
黒い空間が現れ指先がしびれる。
ネリーは確かめておいてよかった、と心に思った。
ここから先にはバリアがありネリーがぶつかると瞬く間に異次元に飛ばされてしまうだろう。

「えっと……。
 確か――こんな呪文でいいですかねっ?」

ネリーは頭の中で自分に最強の保護呪文をかけた。
十分に気合を入れてバリアの中に右腕を差し込む。

「うっ……ぬめってしてるじゃないですかっ!?」

ネリーは不快感で顔を歪めつつ右腕と同じように左腕も差し込んだ。
そのまま穴を広げてゆき体を押し込み足を入れる。
ぬめぬめとした感覚が体を蝕まなくなったとき

『こちら蒼です。
 ネリーちゃん、うまく行ったようですね』

無線から蒼が話しかけてきた。

「案外簡単でしたっ♪
 じゃあ蒼ちゃん、もう少し耐えてくださいねっ。
 ネリーがバリアを破壊するまで」

『了解です。任せておいてください』

静かにネリーは音をたてないように甲板に着陸した。
上から見ていたが甲板の上にいる兵士は始めて見る《超兵器》に夢中だった。
戦闘中だということを忘れ、熱中している。
そのうちに艦内に潜り込んでしまった方がいいに決まっている。

「あっ……」

ピンクの光が《ネメシエル》に向かって飛んでいった。
直撃のコースだ。

「うぉぉっぉおおお!!!」

兵士達が発狂したように歓声を送る。
だがその光は《ネメシエル》の万能の守り、イージスによって粉々に散った。

「あぁあああ……」

残念そうにうつむく兵士達。
ネリーはその後ろをばれないように突っ切り、壁に体を密着させた。
《アジャナ・ズゥ》に侵入という任務は果たした。
次は魔法師団を見つけ出し捻り潰すだけだった。
ポケットから薄いテレビのようなものを取り出して指先で弾いた。
《ルシャトール級》の見取り図が現れネリーの現在位置を赤丸で教えてくれる。

「誰だ!」

その微量の発光が誰かの目についたのかネリーは攻撃を受けた。
飛んできた火弾が液晶を砕き、地面に破片となり落ちる。

「ちっ……」

舌打ちをして飛んできた方向を確認した。
一人の弱そうな男が一本の杖をこちらに向けている。
口から唾を飛ばし目を剥いている姿は典型的な臆病者だと言えた。

「誰だと聞いているんだ!」

めめっちい声で自分よりも小柄なネリーに怯えているのか男の持つ杖の先はかすかに震えていた。





雑魚のくせに――バカなやつですねっ♪
にやっと鋭い犬歯を光らせネリーは地面を思いっきり蹴った。
距離は約五メートル。
男は驚いた表情でネリーに向かって数発の魔法を放った。
頬の肉すれすれの所を飛ぶ魔法弾は、ネリーを穿つことなく背後の壁に当たり火花を散らした。
そして魔法弾を避けたネリーの繰り出した拳は男の顎に命中していた。
脳震盪を起こして昏倒した男の体がふわっと浮き上がる。
その体にネリーは魔法で強化した蹴りを叩き込んだ。

「ぐっ……!」

蛙がつぶれたような声を出して、男は出てきた扉を突き破ってその下に転がって姿を消した。
そこには階段があるのだろう。
ネリーは階段の脇に隠れ中をそっと見た。
階段は下へと伸びていた。
艦内に入る階段に違いなかった。

「おい、どうしたんだ!!」

男が倒れるときに大きな音がしたせいか必然的に甲板にいる兵士達の気を引くこととなってしまった。
このままだと間違いなく戦闘になってしまう。
だがネリーはそれもいいですね!と考えていた。
ここで数を減らしておいたら後々楽になると。
だが一万人もいる。
全てを殺すにはとてもじゃないが無理だ。
なら今は引くしかない。
そう読んだネリーの姿はうっかりと別の男に見られていた。

「侵入者だ!」

ネリーの姿を見て叫んだ男は次の瞬間には首を掻っ切られて膝を屈していた。
男の叫びに感化された兵士達が様子を見るためにネリーのそばに近づく。

「おい、お前、ぐぅっ!?」

また一人の兵士が階段から登って来てネリーを見つけて叫びそうになったが
そうはさせまいとネリーが先手を打っていた。
兵士の首を掴みそこに馬乗りになったネリーは階段から落ち前に膝を男の喉に乗せた。
階段からもう一つしたの階の廊下まで結構な高さがある。
兵士の体が通路の床に当たったとき、ネリーの体重は膝に集中した。
ゴリと首の骨が砕け、痙攣する男の体からネリーは降りた。
杖を奪ったところで使えるわけがないので他に使えるものがないか……と探ってみたが
おいしくもなさそうな缶詰が一つ出てきただけだった。

「湿気てますねぇ……」

ネリーはつまらなそうに缶詰を掌で転がし廊下の壁についている数字を読み取った。
『B-F2』と書かれたその数字とアルファベットはこの通路を現しているのだろう。
通路といっても幅は十分に大の大人が五人並んでいても通れるほど広いものだ。
びくびくと動く兵士を斜め下に見て、さっきみた《ルシャトール級》の見取り図を頭に掘り起こした。
この層に間違いはないんでしょうが――どこなんでしょうか?
一歩を踏み出したネリーはびくっと通路天井を見上げた。
けたたましい警報が鳴り響き通路が赤に染まった為の行動だった。

【侵入者がいるぞ!
 艦内治安部隊出動せよ!
 場所はB区域のF2だ!】


何でばれたんでしょうか……?
既に絶命している兵士をネリーは振り返った。
その兵士の首もとについている小さな装置を見つけたとき大きな苛立ちが身を包んだ。
面倒くさいことを……!
ネリーから見て右の通路からいかにも先ほどまでの兵士とは格が違う男たちが現れた。
同時もせずネリーはあるがままを受け止める目をしてそれを傍観していた。

「貴様が侵入者か!?
 その服――フラッシュボルトの者だな!?
 この艦をアルバスの艦と知っての行動か?」

「…………」

「答えろ!
 さもなければここで今死んでもらう!」

軍服についた埃を取って手に持った缶詰を床に投げ捨てた。
苛立ちはますます耐え切れないものとなっていた。

「……うるさいなぁ。 
 ここで死ぬのは私じゃねぇよ。
 てめーらだよ!」

今までのとは違う、ネリーの声だった。
深い、地獄からの使者のような声。
それに値するオーラがネリーを包み始めていた。
目に見えるほど強力な力がネリーの体を覆ったとき彼女は『悪魔』になっていた。
爪は長く頭からは角が生えていた。
何よりも闇のように深いその瞳は

「じゃあな」

兵士達の命を刈ろうとしていた。
いやしていた――ではない。
もう刈っていたといってもいいだろう。

「こ、殺せっ!」

一斉に飛んできた十もの魔法を天井に飛んでネリーは避けた。
ターゲットとなる獲物は二十人足らず。
報告する間もないぐらいのスピードで倒せば増援を防げると踏んだ。
ネリーは舌で唇を濡らした。
久しぶりの戦闘だった。
四肢を使い、猫のようにしなる体が兵士との距離を一気に詰めた。
剣を腰から抜き、飛び掛ってきた兵士の頭を右手の爪が蜂の巣としていた。
飛び散る血をなんともせず、怯んだ別の兵士のはらわたを引き裂き肉を断ち切る。

「な、なんだよあの化けもんはよぉ!?」

「怯むなっ、悪魔の一種だ!
 退魔魔法を使えばいい話だ!」

返り血をべっとりと浴びたネリーはにやっと白い歯を見せて笑い兵士達の恐怖を更にあおった。

「食らえ、悪魔がっ!」

飛んできた退魔魔法を右手で握りつぶし、魔法を飛ばしてきた兵士を四つに切り裂いた。
その隣で状況を飲み込めないといった顔の兵士を哀れみを感じることもなく
音速を超えるスピードでしなった尻尾が首と胴とのつながりを寸断した。
血の雨が振り、血の水溜りが通路を満たしていく。
剣が右腕に振り下ろされたがそれよりも固い地獄の鱗が侵入を許さなかった。
鱗で弾き返され、折れた剣先を掴んだネリーは、後ろからかかってきた兵士に向かってそれを投げた。
切っ先が兵士の脊髄をへし折り、貫通して通路の壁に一筋の傷を残す。

「剣っていうか鈍器じゃねぇのか?」

切れ味の悪さを喉を鳴らして笑うネリーになお襲い掛かろうとする兵士はもういなかった。
自分の命の方が大切に決まっているのだ。
皆隊列を崩して我先にと逃げ始めた。

「逃げようってのかぁ?
 おい、待てよ、話(戦)はまだ終わってねーだろ?」

恐怖に怯える兵士の頭を掴み、指先だけで頭蓋骨をばらばらにした。
白目を剥いて倒れる兵士を踏みつけ、次の獲物を左手で掴み放り投げる。
通路が凹み、背骨が粉々になった兵士は痛みに顔を歪ませたのも一瞬でネリーの拳にその体は肉塊と化していた。

「くはははっ!
 楽しいなぁ!!」

相当な速度で倒したのにもかかわらず新たに到着した敵増援の途方もない数を見てネリーは咆えた。
だが魔法師団を探し出し殺すという任務を忘れたわけではなかった。
ネリーは戦いながらも艦の構造を考えていたのだ。

「死ねっ、化け物っ!!」

そのせいか少し反応が鈍り右腕に傷を負うこととなってしまった。
退魔撤甲弾の直撃を食らってしまったのだ。
赤い血が滴り痛みが汗を引っ張り出した。

「うらぁっ!」

その右腕に重ねて傷を負わせようとしてきた兵士を軽くいなしちらと視線を扉に向けた。
それは悪魔としての本能でもあった。
他は木で出来ているのに比べそこだけは虹色の金属で出来ていた。
襲い掛かってきた兵士がネリーのしっぽに体を飛ばされ隔壁にへばりつく。
脇に新しくできたかすり傷の鈍い痛みが脳に伝わってきて右腕の痛みと合わさった。
あの部屋だぁ。
あの部屋に魔法師団がいやがるぜぇ。
その前に居座る雑魚が邪魔だった。
ならば邪魔者は押しのけるだけ。
ネリーは地獄魔法の詠唱をぼそっと呟くと口を開けた。

「ま、まさかっ!?」

その地獄魔法の詠唱を知っているやつがいるとはネリーにとって驚きだった。

「退避しろ、退避だ、退避っ!」

逃げ惑う兵士達を待つわけもなくネリーの口から一本の光が放たれた。
兵士達の体を灰として、通路の壁を溶かした光は魔法師団のいる扉をも突き壊した。
ネリーを妨害してきた兵士達は死体の山となり通路の横に積み重なる。
血の川となった通路をネリーは歩き悠々と邪魔するもののない快感を感じながら魔法師団の部屋に入った。

「何事じゃ!?」

その壊れた扉をくぐり中に入ってきたネリーを見て髭を蓄えたジジイは目を大きく見開き驚いていた。

「なんと、悪魔か!?」

紫色の服に紫色の帽子。
そしてやけに機械ばかりが密集するこの空間に五人のジジイが立っていた。

「侵入者じゃ!
 兵士っ!!」

大きな声を出して兵士を呼ぶジジイにネリーは教えてやった。
笑い声が自然と口から出た。

「無駄だよ爺さん。
 ネリーが全部ぶっ殺したからな」

狂ったように笑うネリーにジジイ達は少し気おされたようだった。

「お主、どうしてここに……」

ネリーの軍服の赤が血だと今ようやく悟ったのであろう。
それにようやく気がついた魔法師団の五人のジジイは一歩、二歩後ずさりしていた。

「悪く思わんで欲しいんだけど?」

地獄魔法五番。
悪魔の光の詠唱をネリーは唱えた。

「ば、バカなっ……。
 この世界はフラッシュボルトには関係のない世界じゃろうがっ――!
 どうして貴様ほどの悪魔がこの世界の味方をするんじゃっ――!」

《ルシャトール級》のバリアの根源である魔法師団のジジイたちはネリーを言いくるめようと必死だった。
魔法師団は熟練した魔法使いとはいえ、悪魔に対する術はあまり知らない。
悪魔を倒すには退魔魔法に精通した魔法使いが必要なのだ。
この《ルシャトール級》の艦隊はこの世界に悪魔がいるわけないと決め付け
退魔魔法使いを乗せずに出撃してきたのだった。

「この世界は我がアルバスの物となるのがさだめなのじゃっ!
 貴様がここで助けたところで――」

ジジイの必死な言葉はネリーの失笑を誘った。

「勝手な言い分で戦争を始めたアルバスのジジイが言うことなんて、戯言以外の何でもねぇな?」

ネリーの逆立った髪が揺れた。
次の瞬間、紫の不気味な光線が魔法師団のジジイ五人の体を消し炭に変えていた。
熱弁していたジジイはその姿で。
バリア魔法をずっと張り続けていたジジイもその姿で真っ黒な灰となっていたのだ。
部屋の機械は魔法師団が動かしていたのだろう。
灰となった瞬間にはもう止まっていた。
悪魔の光はこの部屋の機械類すら破壊していた。
閃光を上げながら自壊していく機械郡を背に

「あー、蒼ちゃん?」

ネリーは蒼に話しかけた。
無線のスイッチが入れっぱなしだったことに気がつき

『ひゃ、は、はい?』

「大丈夫ですか!?」

『は、だ、大丈夫ですよ!』

めっちゃ無理してますねぇ、ネリーはミスったなぁと人気(ひとけ)のなくなった部屋で一人苦笑した。
灰になっている魔法師団を乗り越えて扉から通路に出る。
真っ赤に染まった通路に、体が切れ腸がはみ出した者や頭がない者。
手足が外ればらばらに四散している者。
ネリーは篭る血のにおいをかがないように袖で鼻と口を押さえた。

「……臭いですね」

袖にもべっとりと血が付着してかえってネリーをむせ返らせるような臭いが倍増しただけだった。
足が既に膜を張り始めた血の川の水面をざわめかせ、その足で階段を登る。
甲板の兵士たちはバリアが消えたことに気がつくまで後少しかかるだろう。
赤い足跡をつけながら最後にネリーはさようならを告げて
小さな羽をはためかせバリアの消えた《アジャナ・ズゥ》から離脱した。



          ※



『おっ、作戦は成功したみたいだな。
 《扇風機》のバリアが消えて行くぞ』

《ネメシエル》が蒼の意識をつついた。
ネリーを示す赤の点が敵旗艦から離れていくのが見える。

「よっし……。
 次は私達の番ですね?」

『うむ。
 それじゃあ参るとしようか。
 それにしても……』

《ネメシエル》は珍しく口ごもった。
頭の上に?が浮かんだ蒼にそっと聞えるように

『恐ろしい人だったな、ネリー少尉は』

蒼はあきれ返った。

「戦艦が怖がってどうするんですか……?
 っと、危ないですね……」

ネリーが《扇風機》の中に入り込みばっさばっさと兵士をなぎ倒している間も
《ネメシエル》は《扇風機》による攻撃を受け続けていた。
お互いのバリアが攻撃を打ち消し、戦いは泥沼化していた。
それもネリーが《扇風機》の中に潜り込んだ、たった十分間の間に終わった。
これからはスーパー蒼無双タイムだ。

「さーって、行きますよ。
 全速前進、進路四十五度。
 五一センチ光波共震砲用意、三秒後に発射」

『了解』

風を裂いて唸る《ネメシエル》の艦首が《扇風機》の艦隊の真ん中を目指して突っ込んでいった。
マッハ二ものスピードで街一つ覆い隠す千六百二十四メートルの船体の輝きが増して
《扇風機》の艦隊のど真ん中に突っ込んでゆく。
蒼によって適当に①を旗艦として残り②から⑳まで番号をつけられた《扇風機》艦隊は

【お、おいあの戦艦突っ込んでくるぞ!
 ブリッジに報告しろ、急げ!!】

自艦の二倍の巨体が突っ込んでくることに肝を潰した。
旗艦や僚艦との無線が錯誤して各々に回避行動を取ることに成功する。
それを蒼は狙っていた。
一隻艦隊から離脱したような動きをした艦があったのだ。
それが⑤こと《アーバイン》だった。
その横に五百メートルの距離を置いて速度を下げた《ネメシエル》が並走する。
ようやくバリアが消えたことに気がついたらしいアルバスの艦隊はそれでも余裕を持っていた。

【バリアがないとしてもこんな遅れた世界の戦艦の砲が
 この《アーバイン》の装甲を貫けるわけがないだろう?】

装甲を貫けるわけがない。
その自信があったためだ。

【はは、まったくだ。
 やっちまえ、《アーバイン!》】

蒼の頭には敵の愚かな自信を打ち砕く……それしかなかった。
事実上、《アーバイン》の艦長は余裕の笑みで回避運動をすることなく《ネメシエル》に照準を向けていた。

【撃て!】

「発射!」

《ネメシエル》と《アーバイン》の間でオレンジとピンクの光が走った。
次の瞬間、《アーバイン》の装甲をぶち抜きオレンジの閃光が空へと抜けていった。

【なっ……!?】

船体に合計百八十本もの五一センチ光波共震砲をくらった《アーバイン》の竜骨は簡単にへし折れた。
塔のような艦橋は吹き飛び、一拍置いて《ネメシエル》の船体を白く染め上げ《アーバイン》は四散した。

【嘘だろ? 
 《アーバイン》、応答しろ!】

海の上にかすかに浮かぶ奇妙な色の装甲が《アーバイン》の墓標だった。
蒼は自分でもいい気分だと、心から思った。

「さぁ、《ネメシエル》はじめませんか?
 連合からは《鋼死蝶》と呼ばれている私達の力、見せてあげましょう」



【くそっ、撃て撃て!!
 撃ちまくるんだ!!】

先ほどの《アーバイン》との戦闘さえ《ネメシエル》の船体は傷んでいなかった。
万能の守り、イージスが全てを防いでいるからだ。
ピンクの光は《ネメシエル》の船体に当たる前に強制的に向きを変えられ大気に霧散する。

挿絵のコピー

「大型光波共震拡散砲用意、充填完了後報告お願いします。
 私が合図した瞬間に発射してください」

『了解……。
 蒼副長!
まずいぞ、右舷より敵⑫接近!』

「なんですかっ!?」

【貴艦の死を持って、奴を止めるんだ】

蒼はその通信を聞いてぞっとした。

「《ネメシエル》!
 イージス出力を前回まで上げてください! 
 それと同時にもう一つのバリア、消滅光波発生装置を起動!」

⑫――《ビシャ》の艦長は旗艦《アジャナ・ズゥ》から送られてくる無線コントロールを前に
何としても速力を落とそうとしていた。
そんな努力をあざ笑うかのように旗艦から魔法電波にのって送られてくる絶対命令は
《ビシャ》の機関出力を増幅させ、八百メートル、二十八万トンの船体を最大速力まで上げた。
船体が軋み、外部の固定していない兵装がはずれ飛んでゆく。
行き先は《超兵器》――《ネメシエル》の舷側だった。
つまり特攻――。

「《ネメシエル》、右舷隔壁完全ロック!
 衝撃に備えます!」

すごい衝撃がつきぬけ、《ネメシエル》の船体が大きく傾いた。
二十八万トンの衝突を受けた船体が火花を散らしつつごそりと削げ落ちた舷側砲十一番が海に落下していく。
イージスですら《ビシャ》の船体を逸らすことが出来ず
もう一つのバリア消滅光波発生装置は起動が間に合わなかった。
百二十センチもの化け物装甲でも二十八万トンもの物体が突っ込んでくる事態など想定していない。
《ネメシエル》の装甲板は無残に凹み、内部機器が黒煙を吐き出し始めた。

「痛っぅっ――!!」

蒼は右腹に走った激痛にうめき声を上げた。
耐え難い痛みだった。

『大丈夫か、蒼副長!?』

《ネメシエル》の艦長であるAIがなんともないのに蒼だけが痛みを負うのは一種の皮肉でもあった。

「右舷補機上――五一センチ砲および、舷側五一センチ砲用意っ……してください!
 このっ……撃沈してやりますよ……」

艦首が大きくつぶれ、《ネメシエル》の舷側にめり込んだ《ビシャ》の艦長は
素早く部下に命令を下して機関を逆回転させて脱出しようとしていた。
それを許さないと《ネメシエル》の補機上、及び舷側砲が食らいついた。
オレンジ光が船体を引き裂き、蜂の巣になった《ビシャ》は煙を出して崩壊。
コントロールを失った蜂のようにきりもみして落ちてゆく。

【うわぁああああああああっ!】

そのまま海へと突っ込みばらばらになった。

「はぁ……はぁ……」

息も荒く何度やられてもなれない痛みに蒼は眉をしかめた。
この痛みはレリエルシステムを解けばなくなるが、今は敵のど真ん中。
解除するわけには行かなかった。

『蒼ちゃん?』

「ね、ネリーちゃん……?」

蒼ははっと、レーダーを確認した。
《ネメシエル》の上にネリーを示す赤い点が乗っている。

「き、危険ですよ――?
 逃げてください……」

九五パーセントと表示が出てきたのを見て口をにやっと上げた蒼は
ネリーを巻き込みたくない一心で退避することをお願いした。

『いえ……。
 私はここにいますよっ!
 蒼ちゃん一人で戦うなんてそんなことはさせないですよっ!』

「ネリーちゃん……」

蒼はじんわりとした感謝があふれ出すのを感じた。

『よかったな、蒼副長?』

《ネメシエル》がふふっと笑う。
痛みが少し和らぎ、蒼はまたいつものペースを取り戻そうとしていた。

「……はい。
 大型光波共震拡散砲、起動、右に照準あわせてください。
 ターゲット指定、④、⑧、⑮、⑯。
 ナクナニア光放出力上げ、二十。
 高度プラス五二〇」

【奴がまた動き始めたぞ!
 隊列を組め、《フォルケン》、《クルーエル》、《ジャストバーン》、《セントバーン》前へ!
 集中砲撃を浴びさせるんだ!
 奴は痛手を負っている!】

少しずつ上昇している《ネメシエル》の前を四隻の《扇風機》が阻んできた。
すぐに大量のレーザーが煌き⑫《ビシャ》のダメージが消えない右舷に集中する。
イージス放出口の一割がやられたみたいで《ネメシエル》の船体に十本に一つの割合で爆発の花が開いた。

「うっ……くぅっ……」

『蒼ちゃん、大丈夫ですか?』

痛みに歯を食いしばり汗が額から滴り落ちる。
ネリーの言葉が胸にしみたが蒼は来るべきときを狙っていたのだった。
《ネメシエル》を攻撃するのに夢中になっている四隻は必然的に一列に並んでしまう。

「発射!」

蒼はその瞬間を狙っていたのだった。
敵艦が一列に並んだとき、下部についている第二艦底大型光波共震拡散砲が貯めていた光を放ったのはすぐだった。
オレンジ色の五一センチ砲とは桁違いの太さの光線は途中で八つに分かれると四隻を一気に粉砕した。
ぶち抜いたときに機関を貫いたのか、もしくは爆発物に引火したのかその四隻はその船体を火の玉と化して
海面に巨大な水柱を起立させて黒煙を残しすべて沈んだ。

【嘘だろ……?】

敵がそう呟いている間にも

「艦対艦ナクナニアハープーン用意!
 目標指定、⑰番!
 ロックは任せます、とにかく撃ちまくってください!」

《ネメシエル》の艦橋基部に並んだ艦対艦専用のレーザー砲塔に光が灯った。
一番光るのが早かった一番砲塔が⑰、《ジ・ゴール》に向かって一筋の閃光を放ったが
それは《ジ・ゴール》の装甲に弾かれ海に落ちてしまった。
海に落ちた艦対艦ナクナニアハープーンの爆発で盛り上がった海面を背景に《ジ・ゴール》が攻撃の報復を仕掛けてきた。

「威力が足りませんかっ――!」

蒼はぎりりと歯をかみ合わせた。
屈辱的だった。
今まで敵がこの攻撃で沈まなかったことはなかった。
それだけに蒼のいらつきは大きかった。

「《ネメシエル》、左舷イージスを右舷にも回してくださいっ!
 ダメコンが効かなくなります!」

『りょ、了解!』

蒼はふと右舷にずきずきと感じる痛みが少し和らいだのを感じた。

「?」

『大丈夫?
 蒼ちゃんがんばってくださいっ!!』

意識を飛ばして損傷箇所から外を見た。
右舷の横にぱたぱたと翼をもった少女が魔法で装甲板を縫い合わせてくれていた。

「ね、ネリーちゃん?」

ありがたいです……。
蒼は表情を少し緩め無線でお礼を言った。

【この化け物戦艦がぁっ!】

耳にキーンと響くような声は《ジ・ゴール》から聞こえてきていたものだった。
《ネメシエル》の主翼を掠めるようなギリギリの範囲からピンクレーザーを撃ってくる。

「舷側ナクナニア貫通砲用意。
 敵と重なり次第発射お願いします」

異世界の艦隊なんかに負けてられないんです……!
《ネメシエル》の舷側についている四角い部分の装甲シャッターが開いた。
光を溜め込み、船体に埋め込まれた砲身は加熱し、砲口は赤く輝いている。

【撃ちまくれ!】

《ジ・ゴール》のレーザーが束となって向かってくる。

「発射!」

ネリーに退避を促して、退避したのを確認すると《ド・ゴール》のレーザー束を押しのけ
《ネメシエル》のレーザーが《ジ・ゴール》船体に突き刺さった。
そのまま蒼は戦艦全体を上昇させていた。
《ジ・ゴール》はその体に剣を打ち込まれたまま切り上げられた状態になったのだ。
船体は上下二つに二分され、撃沈の判定をくらった《ジ・ゴール》はそのままゆっくりと海上に墜落していった。

【後何隻残ってる!?】

【はっ、本艦を含め十四隻です!】

【こちら旗艦《アジャナ・ズゥ》。
 敵戦艦の右舷を集中的に狙うんだ。
 《ビシャ》のダメージが効いている】

敵艦長は追い詰められたような声で呻いた。
こちらに盗聴されていることも知らずに……バカな連中です。
蒼は額に汗を浮かべながらもほくそえんでいた。

「敵②を攻撃軸線に補足。
 舷側五一センチ砲一番二番用意、発射!」

六本のレーザーが②、《クシャナ・ズゥ》に殺到した。
オレンジ光が《クシャナ・ズゥ》の船体に穴を開ける。
その赤く溶けた穴から炎がちらちらと見えるも、撃沈にはいたらなかった。
蒼の世界では常識の位置にあるはずの機関がなかったためだ。
つくづく常識が通用しませんね……。

「なっ!?」

流石に少し動揺した蒼の隙を突いて一本のレーザーがイージスの隙間をくぐり
《ネメシエル》の艦橋基部に命中した。

「あうっ!!」

『艦橋基部右舷に命中!
高角砲郡、中破、起動不能八番、十二番、十八番から二十一番!』

シートベルトをつけていても体が被弾の衝撃で吹き飛ばされそうになり、鋭い痛みがこめかみに走った。

『蒼ちゃん、大丈夫ですかっ!!』

「あ……うぐぅ……」

頭を抑える蒼。
血は出てはいないが《ネメシエル》のダメージは直に蒼に響いてくる。
このまま右舷に攻撃が集中し続ければ蒼が死ぬ恐れも出てきた。

「《ネメシエル》、ネリーちゃんを破損基部箇所から艦内に収容してくださいっ……!
 主砲を使います……っ!
 ですから……」

『しゅ、主砲を!? 
 正気か、蒼副長!?』

蒼は痛みに顔を引きつらせつつも笑っていた。
ピンクのレーザーが甲板上の五一センチ砲六連装六番砲を消し飛ばしてもそれは変わらなかった。
蒼は右腕の鋭い痛みに勝るほど左腕に確かな実感を持っていた。
その左腕の神経は今砲身だけで一隻の戦艦を越える巨大さを持つ砲と繋がっていた。
超大型光波共震砲――。
それを動かすために専用の補助機関を設けられるほど巨大な砲。
《ネメシエル》の主砲であり核兵器を軽く凌駕する威力を持っていた。
当てるのが難しく、船体への負担も大きいことからあまり使ってはこなかった。
だが今の蒼はそんな欠点どうでもよかった。
目の前を飛び回る十四匹の蝿を叩き落したくてたまらなかった。
牽制するため、蒼は甲板上の五一センチ砲をアルバス艦隊を包むように連射した。

【へたくそが、とうとうやけになりやがったな!】

【また俺達の勝ちだ。
 帰ったらフラッシュボルトに攻撃だろうな】

【あからさまにこっちの世界に手を貸していたからな。
 それは当然だよな、へへっ】

自軍の三割をも失っているのにも関らずアルバスの艦隊の士気は落ちていなかった。
異世界の《超極兵器》に損傷を与え、もしかしたら撃沈できるかもしれないという希望もあった。
それが結果的に十四隻がそれぞれの自由に動き回り一箇所に固まらせる要因となっていた。
知らないうちに十四隻の《扇風機》は《ネメシエル》の主砲攻撃範囲内に入っていたのだった。

「蒼ちゃん、敵はっ……!!!」

艦橋内の扉が開き、ネリーが入ってきた。
真っ赤な服に少しぎょっとするも蒼は「何かに捕まっていてください」と小さく忠告した。
素直に蒼の忠告に従いそばの取っ手を掴むネリー。

「《ネメシエル》、そろそろですか!?」

『エネルギー九八……百!
 装填完了まで後二十秒!』

蒼は頷いた。

「甲板装甲展開、主砲外部へ。
 全イージスを主砲近辺に巡らせてください。
 主機は最大出力を維持」

『了解。
 甲板装甲展開、主砲外部へ』

《ネメシエル》の艦首付近甲板装甲が左右に開いた。
小さな駆動音と共にせり上がってきたのは超巨大な固定式砲塔。

【変形してやがるぜ……!】

甲板上に刻印された赤と青の光が《ネメシエル》の主砲に向かって輝きを増していく。

【一体何をするつもりなんだ?
あんなよく分からないもので】

【異世界人の考えることは分からないな。
回転する砲塔といい……】

「射出装置一番、二番接続。
続いて三番、四番接続。
ナクナニアコネクタオン、最終砲門開いて下さい!」

「ネ、ネリーはここから動きませんよ!」

蒼はネリーに「大丈夫ですよ」とだけ言ってまた思考に没頭した。
徐々に砲塔内の圧力が増し光量も増していく。
敵の無線が頭を通り抜け、破壊される痛みがキリキリと脳を締め付けたがそんなことはどうでもよかった。
眼下に広がるは大海原。
コグレ基地ははるか彼方に霞み、衝撃波もそこまでは届かないだろう。
敵の無線が悲鳴に変わる。
それが今の蒼の一番の楽しみだった。

『後十秒!』

蒼の耳を《ネメシエル》と敵の声が同時に貫いた。
敵の方は警報にも聞えるような甲高い音だ。

【ん……なんだ?
 警報……しまった!
こちら旗艦《アジャナ・ズゥ》!
全艦直ちに離れるんだ!
相互距離が近すぎる!
それに敵の変形……何かあるぞ!
全艦分散だ、早くしろ!】

【こちら《アナトリア》了解!】

【《ガイアロス》了解!】

まずいですね……。
このままだと主砲の攻撃が外れてしまうじゃないですか……。
蒼は焦った。

「《ネメシエル》!!!」

《扇風機》同士の間が離れ、主砲の有効攻撃範囲から外れそうになっていた。

『発射準備完了!!』

「撃てぇええっ!!!」

周囲を威圧するような轟音、光。
衝撃波が空気を揺らし、《ネメシエル》から一筋のオレンジ色のレーザーが放たれた。
それは直径一キロ以上にふくらみ、空気の層を切り裂いてなお膨張した。
そしてそれが持つ最高の温度十五万度に達したときレーザーは離れつつあった十四隻の《扇風機》を一隻を除いて飲み込んだ。

【なっ……バカな……!】

【メーデー!!
《アジャナ・ズゥ》へ!
本艦は……うわぁあああああっ!!】

次々とその船体は溶けた鉄と化し、装甲がはげおちる。
塔のような艦橋は一瞬にして灰となり空気に散る。
《ネメシエル》の主砲はその焼けて赤く光る砲門から陽炎を立ち昇らせながらそれを見ていた。
ある一隻は衝撃で船体ごと弾き飛ばされ僚艦にぶつかりばらばらになり
またある一隻の《扇風機》の船体はやがて自分の重さに耐えることが出来ず二つや三つに分裂。
その身を雨として海に降り注がせ小さな水柱をいくつもいくつも生まれ、消えていった。
大きな破片は存在しなかった。
すべては蒸発してしまったのだ。

【そん……な……】


ただ一隻それを逃れた少し青っぽい《扇風機》……旗艦の《アジャナ・ズゥ》の無線だけが信じられないと言っていた。
蒼はその最後の艦に向けて通信を開いた。
降伏を促し、それに従わない場合は撃墜するためだ。

「私は空月・N・蒼中将です。
貴艦の前のベルカ第一超空制圧艦隊旗艦超極兵器級《超空要塞戦艦ネメシエル》の副長を勤めています」

【…………アルバス飛翔戦艦第十二特別混合艦隊旗艦《アジャナ・ズゥ》艦長ワリヤヌ・シンニズル大佐だ】

通信兵から無線のマイクを奪ったのだろう。
しばらく小さな声が無線の向うで聞えた。

「貴艦隊はよく戦いました。
 我がベルカ帝国はそれに敬意の念を示します。
 ――降伏してください」

【…………】

《アジャナ・ズゥ》からの返事は沈黙だった。
蒼はもう一度呼びかける。

「もう一度言います。降伏してください。このまま黙殺するなら――」

甲板に並んだ五十一センチ六連装光波共震砲がぐいと砲身を持ち上げ《アジャナ・ズゥ》を睨み付けた。
今までにないぐらいに連射したせいか主砲のようにその身は赤く熱を持ち、ゆらと空気を揺らしていた。

「貴艦を撃沈するだけです」

【……くそっ……】

《ネメシエル》の艦橋に響いたのは敵の悔しそうに敗戦を噛み締める声だった。
ネリーはようやく安心して蒼のところまで歩いてきて隣に立った。

「あ、蒼ちゃん!
 敵は、我がフラッシュボルト公国を私達の世界に戻り次第攻めるつもりなんですっ!!
 もしここで逃がしたらネリーが協力していたことが明らかになって……よけいにっ!!
 今、ここで……!」

その声が向こうにも聞こえたのだろう。
《アジャナ・ズゥ》艦長の声は明らかに興奮していた。

【貴様か、我が艦に忍び込んでバリアを破壊した悪魔の小娘は!
 貴様さえいなければっ……!
 殺してやる……!
 そっちの世界の戦艦と共に散れっ!
 我々の身を持って貴艦を撃沈する!
 降伏はしない!】

「……残念です」

ぶちっと無線を切り蒼は《ネメシエル》に指令を出して発射を促した。
斉射で打ち出されたオレンジのレーザーは機関をフル回転させる《アジャナ・ズゥ》を真っ正面から貫いた。
壊れた六番砲塔以外から放たれた五十を越えるレーザーにその身を砕かれ
炎上しつつも《アジャナ・ズゥ》は《ネメシエル》との距離を縮めていった。

「蒼ちゃん、来てますよっ!」

黒煙を纏いながらも殺気を持ってやって来る《アジャナ・ズゥ》に
第二波の攻撃を放つ前に甲板、艦底共の五十一センチ六連装光波共震砲の死角に入られた。
右舷の舷側砲は既に死滅、また突っ込まれたら間違いなく《ネメシエル》は
右舷側の修理で約一年は動けないだろう。
ネリーから聞いた《扇風機》の最高速度五百キロは軽く越え、マッハに速度は移行しようとしていた。
《アジャナ・ズゥ》の最後の意地とも見える。

「蒼ちゃん!
 ねぇ!
 どうするんですか!!?
 はやく避けないとっ――!!」

ネリーの悲鳴を聞きながらも蒼は考えた。

「《ネメシエル》、イージスの下に強制消滅光装甲展開。
 この距離と速度じゃどっちにしろ避けれませんからね。
 右舷に集中してお願いします」

《ネメシエル》の右舷側にイージスが張られその下に強制消滅光装甲の薄い青色のバリアが展開された。

【死ね、超極兵器と悪魔!】

コンマの差で先に展開されたバリアに《アジャナ・ズゥ》の艦首が触れた。

「くっ……!
 お願いっ、耐えてくださいっ……!」

蒼は拳を握り締めその様子を眺めるしか出来なかった。
二十八万トンの質量を受け止めたイージスはしばらくその力を持ってベクトルの向きを変えようとしたが
それは無駄なあがきに過ぎなかった。
強烈な光を発して、イージスの過負荷率が一気にレッドゾーンに突入。
二度も《扇風機》の衝突を食らったイージス回路は耐え切ずショートの炎を吹き上げた。

「痛っぅ……!!」

蒼の体がのけぞった。
はらわたが煮えくり返るような激痛に襲われ、焼けた火の棒でめちゃくちゃにかき回されているようだった。

『イージス、ショート!
残るは強制消滅光装甲二十層のみ!』

「言われなくても……分かってますっ!」

これが破られたら……。
《アジャナ・ズゥ》の艦首が強制消滅光装甲の薄い青に触れた。
そこから削られるようにして《アジャナ・ズゥ》の船体がくりぬかれるように赤く溶けてゆく。
だが、安心なんて出来なかった。
二十八万トンもの質量をすぐに完全に消滅させるなんて不可能だからだ。
《ネメシエル》、蒼の本当の狙いは回避の時間を、幅を少しでも稼ぐこと。
二十層の強制消滅光装甲を貫くまで約二秒。
蒼は計算したとおりの答えを《ネメシエル》に伝えた。

「船体下げ五、前進二!
 急いで……くださいっ!」

《アジャナ・ズゥ》の船体ががくんと跳ね上がった。
その衝撃で弱くなっていた船体がひしゃげ、二つに折れる。
すかさず船体を丸ごとさげ、前進していた《ネメシエル》に艦尾半分は当たることなく無念に海に散った。
だが艦長の執念が染み付いた艦首半分はなお《ネメシエル》に食らいついていた。
真っ赤に溶けながらも弾道レーザー七番の上に艦首半分はのしかかった。

「うぐ……」

全身の毛が逆立つような甲高い金属の擦れる響きを残しながら艦首半分は
等間隔で並ぶ四十ミリ光波機銃砲塔をへし折りながら滑り続け、最後に後部第一クレーンを根こそぎかっさらった。

【く……そっ!】

原型すら止めなくなった《アジャナ・ズゥ》の艦首半分の船体は《ネメシエル》の甲板上に被害を与えながら滑ると
そのまま一直線に海へと落下した。
溶けた鉄が海水で冷やされ、沢山の穴から海水がなだれ込む。
《アジャナ・ズゥ》だった船体が波間に隠れ見えなくなっていく。
少しの静寂が訪れ、海面に《アジャナ・ズゥ》が爆発したことを知らせる白い柱が立ったのを確認すると

「…………ふぅ……」

蒼はレリエルシステムから意識を引き抜いた。
途端に襲ってきていた痛みがすべてなくなり、だるい体で額に張り付いた髪を剥がした。

「終わりました……」

蒼は小さく呟いて目をつぶった。

「蒼ちゃんっ!!」

「っと、ネリーちゃん!?」

ふにっと柔らかな感触が腕に当たりそれに少し嫉妬しつつも蒼はネリーにされるがままになっていた。
つまりお互い勝利を喜ぶために手を取り合ってぶんぶんと振り回していたのだ。

『蒼中将と、ネリー少尉、お疲れ様だったなぁ!』

無線が入り、マックスの声がスピーカーから流れた。

「今回も楽勝でしたけどね」

蒼がふふんと笑いながら返す。

『右舷損傷率五二パーセント、イージス過負荷率百二十パーセント。
どこが楽勝なんだ、おバカ』

マックスはため息を吐いて

『まぁ、勝利には間違いないな。
二人ともお疲れ様だった。
作戦成功、帰還してくれ』

「はいっ!」

『いい返事だな、ネリー少尉は。
 蒼中将は?』

「はい……」

『やる気ゼロだなぁ……。
 まぁやるときはやってくれるタイプだから別に構わんが。
 帰ってきてくれたらとりあえず飯でも食うとしよう。
 本当に二人ともお疲れ様だったな。
 ―――ありがとう』



          ※



「それじゃあネリーは失礼したいと思いますっ!!」

びしっと翼も尻尾も直立させてネリーは敬礼した。

「もう少しいればいいのにな? 
 ようやく新しい友達が出来たと思っていた蒼中将もショックだとよ?」

けらけらとマックスが笑いながらタバコをくわえた。

「そ、そんなことないですよっ!
 軍人たるもの国を考え国に生える。
 そのためならば……これ言ったのマックスじゃないですかっ!」

三人は復旧の進んできたコグレ基地の玄関に立っていた。
忙しそうに行きかう修理班は体中に油を付着させ
日差しはじりじりとコンクリートの焼けた臭いのする基地全体を包んでいた。
あの戦いから二日が過ぎた。
《ネメシエル》はすぐにドック行きになり蒼は「そんなに壊しましたかね」と文句を垂れていた。
ネリーは真っ赤に染まった軍服を洗うために海にざぶざぶ入っていっていた。
マックスがそれにびびって自殺はやめるんだと、必死になって止めていたのは失笑ものであった。
さらにその後人生についてじっくりネリーに語っていたのだから笑える。
他の超空制圧艦のドック入り口にかけられていた魔法はネリーが全て解除してくれた。
コグレ基地に潜んでいたアルバスのスパイは《アジャナ・ズゥ》が爆沈すると同時に自殺。
少尉の位だったのが少し驚きだったぐらいか。
すぐにこの件は片付けられた。
その夜は機械油で焼肉パーティが開かれた。
あの時食べられなかったクッキーの山と肉を大量に食べ満足した二人は風呂に入って速攻ベッドに入った。
ちなみにお風呂は一緒に入ったらしい。
蒼はネリーの胸に嫉妬するだけだったが。
次の日、蒼とネリーは二人とも基地の復旧に走り回った。

「ネリーちゃんは休んでいてくださいよ。
 お客さんなのですから」

と、蒼は言うのだが

「いえいえ、手伝わせてくださいッ!
 珍しいものばっかりでっ!!」

と嬉しそうに言うので蒼も無理に休ませるわけにもいかず一緒に復旧作業に励むことになった。
ネリーの魔法で復旧ははかどる、はかどる。
時間逆転魔法なんかで滑走路にばらばらとコンクリート片が戻っていくのは誰もが言葉を失った。
その日一日はみんなのおもちゃとなったネリーは基地全員が見る中で魔法を次から次へと見せていた。
みんなが魔法にようやくなれた夜にはへとへとになってネリーはベッドに潜り込んだ。
そして、次の日の朝。
フラッシュボルトの次元観測局から次元が安定したとの連絡がネリーに伝わり早急に帰る準備をはじめたわけだ。
準備といってもポーチだけだったのですぐに終わったが。
朝飯の白いご飯と味噌汁を文句を言いつつもネリーは綺麗に平らげ元の世界に戻ることにしたのだ。
蒼とマックスに帰ることを伝え、玄関まで二人は見送りに来た。
石油と潮が混ざった臭いと一緒に兵士達の元気な声が聞え、空を一機の戦闘機が飛ぶ。

「ネリー少尉、同盟の件なんだけが……すまんな?
 今、俺達ベルカ帝国はばらばらになってて……トップがいない状態なんだ。
 同盟なんて大きなものを基地司令が独断で結ぶわけにもいかないからな」

マックスはすまなそうに頭を少し下げた。

「いえっ!
 だ、大丈夫ですよっ!!
 ネリーは全然気にしてませんからっ!」

蒼はネリーの手を取った。

「でも、いつでも助けを求めたくなったらこっちに来てください。
 今度は艦隊を率いてそっちに援護しに行きますから」

「――ありがとうございますっ!」

ネリーも蒼の手をしっかりと掴んだ。

「じゃあ、ネリーはこれで。
 また遊びにきますねーっ!!」

蒼の手とネリーの手が離れた。
蒼は小さく手を振り、ネリーは翼をはためかせて宙に浮いた。

「じゃっ、またいずれ!」

二人ににっこりと笑いかけるとネリーは一気に高度を上げたようだった。
だんだん小さくなるネリーと蒼の間を低空で飛行する一機の灰色の戦闘機が遮った。
そしてその戦闘機が遮った一瞬でネリーの姿は空から消えていた。

「行っちまったな……」

蒼は振っていた手を下ろして真夏の空を見上げた。

「また会えますよ。
 だって隣の世界なんでしょ?
 きっと、すぐに来ますよ、遊びに」

入道雲がどこかしらネリーの翼に似ているような気がして蒼は肩をすくめた。

「さって、じゃあまた連合との戦いに身を投じるとしようか」

マックスはタバコの紫煙を吐き出して玄関から基地の中に入っていった。

「ネリーちゃん、ありがとう……。
 あなたがいなかったら私達は絶対に勝てなかったです……」

蒼はその入道雲に小さくお礼を言って《ネメシエル》の様子を見るためにドックに向かった。



          ※



不吉な雨雲はそれから一ヶ月たっても現れなかった。
だが、小さな雨雲なら現れた。

「蒼ちゃん!
 遊びに来ちゃいましたっ♪」

その小さな雨雲は異世界の蒼の友達が遊びにくる目印となりつつある。

「いらっしゃい、ネリーちゃん」





               END

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